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 浴室を出て、堂島はベッドにどっかりと腰を下ろし、二宮は備え付けの化粧台の椅子に座り、堂島に向き合った。 「――で、なんなんスか結婚て。ていうかまだ日本は同性婚認められてないですよね!? 海外脱出でもする気っすか?」 「いや……そんな形式的なモンは別にどうでもいいけど、つまり一緒に住んで……ずっと一緒にいようぜっていう約束?」 「ああ、そういうことっすか……」  堂島は全身から力が抜けて、ベッドにぽすんと後ろ向きに倒れた。しかし結婚というのは二宮の言う『形式的なモン』という部分がもっとも大事なのではないだろうか。  それは今はまだ無理として、それにしても――。 「……なんで急に結婚とか言い出したんですか? マジでこないだ結婚式に行ってから価値観変わったんですか? 二宮先輩、結婚願望は無いとか言ってたじゃないですか……」 「そうだけど……それは一般論というか」 「よくわかんねぇんスけど。俺にも分かるように説明してください!」  二宮は内心(プロポーズに解説とかいるか?)と思ったが、スッと立ち上がると堂島の横に座り、投げだされていた右手を握った。ぴくっと堂島の身体が反応する。 「――俺はこれから先、もうお前以上に好きになる奴はできねぇと思うんだ」 「は……?」 「お前にもそうであってほしいし、……無理かもしんねぇけど、繋ぎ止めておきたいと思った。だから、結婚したいなって。結婚てそういうモンじゃねぇのか? 他に理由がいるか?」 「………」 「お前は全然そんなこと思ってなくて、俺だけが暴走してんなら悪かった、としか言いようがねぇけど。でも俺、お前に対して責任取らなきゃだしな」 「!」  堂島は思わず首だけを起こして二宮を見る。悪そうな顔で笑っている二宮と目が合い、顔が熱くなった。 「なあ、どうなの? ずっと一緒に居たいって思ってんのは俺だけか?」 「そりゃ……俺だって、できることなら」 「できるだろ、結婚すれば」 「いやだから結婚っつー制度が……! あ、いや、制度自体はどうでもいいんですっけ、先輩は」 「どうでもよくはないけどな。紙切れ一枚がすげぇ大事なことは分かってるよ」  堂島の言い方に二宮は苦笑した。さっき自分が言った言葉は少し誤解を生んでいたのかもしれない。 「なんか、好きならあんまり難しく考える必要はねぇのかな、って思ってさ」 「……」  堂島は二宮の腕を引っ張るようにして、ゆっくりとベッドに座り直すと、今度は二宮の鎖骨辺りに凭れかかった。 「……俺は結婚って言われてもあんま想像つかねぇっつーか、正直めちゃくちゃ戸惑ってますよ。先輩のことは好きだけど……」 「うん」  堂島は戸惑ってはいるものの、『先輩のことは好き』とサラッと口にしたことが二宮にはかなり嬉しかった。 また押し倒して激しくキスしたかったが、さすがに空気を読んで話の続きを聞く。 「だって結婚したら職場の人らとか、家族にも言わなきゃいけないんですよね!? そこまでの覚悟はちょっと、今すぐには無理っつーか……! って二宮先輩、何ニヤニヤしてるんですか? もしやこれドッキリじゃないでしょうね」  だったらブッとばしますよ――と言われる前に、二宮は堂島を抱き締めた。 「違ぇよ! ……ただ、お前が真剣に考えてくれてるのが嬉しいんだって」 「そりゃそうでしょ。ぶっちゃけ場所と空気は全然読めてねぇけど、冗談だとは思ってませんから」 「場所に関しては、正直悪かった」 「もういいっすよ……既に面白いし」 「………」  何も言い返せなくて、とりあえず二宮は抱きしめる手に力を込めた。  ――正直、二宮は自分の発言に自分でも驚いていた。堂島の言ったとおり、結婚願望なんてなかったはずなのに。  仁科の結婚式を見ても、素直に『おめでとう』と思う以外、何の感情も湧かなかった。 山下の子どもを見ても、勿論可愛いとは思うが『自分も欲しい』とは思わなかった。  ただ、堂島に言ったのは本当の気持ちだ。  この先これ以上好きになれる人間が現れるとは思えないし、ずっと一緒にいたい。だからその証が欲しい。ただそれだけ。 「──別にそういうカミングアウト的なことは望んでねぇよ。ゲイ婚つーか、養子制度のこともよく分かってねぇしな。俺はただ純粋に、これからもお前と一緒に居たいだけ」 「……それなら、俺もそうですよ……?」  堂島は二宮の身体からそっと離れると、間近で視線を合わせた。目を丸くしている堂島とは対照的に、二宮は目を細めて堂島を見つめ、ふ、と笑った。 「――お前、次のアパートの更新契約すんなよ。俺もしねぇから」 「え?」 「とりあえず同棲しようぜ、手始めに」 「……ルームシェア、っすね」 「いや、同棲だろ?」 「同棲っつーと恥ずいんで、ルームシェアです!!」  言い方は変えても内容は一緒なのに、何故そんなに恥ずかしがるのか情緒の無い二宮には理解できない。が、とりあえず可愛いのでよしとした。 「……で、プロポーズの返事はイエスってことでいいんだよな? 同性同士の場合、一緒に住むことが一区切りっつーか結婚するのと同義らしいけど。手続きうんぬんは置いといて」 「!?」  堂島の顔がまたカーッと赤くなった。本当に、ずっと見ていても飽きない。 行動や表情がいちいち可愛くて、一瞬も目を離せない。  さっき見ていた夜桜も、目を離せないくらい綺麗だったけれど…… 「……俺はこっちの方が、もっと見ていたいかな」 「は? 何言ってんすかいきなり……何が見たいって?」 「何でもねぇよ」  眉間に皺を寄せてまだ何か言おうとする口を、キスで塞いだ。 番外編:二宮と過去の人【完】

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