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12-4 竜の国へ

 ふと、目に預かった笛が見える。近くに竜人族の人がいれば、聞こえるという。ひっつかみ、咥えて思い切り息を吹き込んだ。  ふー、すかー  息が抜ける音だけしかしない。何度も何度も必死になって吹いても音はでない。涙ながらに息が切れても吹き続けても同じ。もうこれ以外に縋るものなんてないのに。 「どうして…」  どうして俺なんかを助けたんだろう。どうして、俺は無力なんだろう。どうして俺にはなんの力もなかったんだろう。どうして俺はユーリスさんの優しさに甘えてついてきてしまったんだろう。どうして…。  ふー、すかー。ふー、すかー 「音出ろよ! 頼むから鳴ってくれよ!!」  ふー、すかー 「うぅぅ…」  こんなことなら、最初の時にあの植物に食い尽くされてればよかった。こんなに苦しいなら、助けてもらわないほうがよかった。第一、こんな役立たずがこの世界に呼ばれた理由ってなんだよ。役立たずの俺は助かって、この人は助からないのかよ。  ふー、すかー!  口から笛が落ちて、ただただ泣いた。泣いたからといって助かるわけじゃないのに。俺ではユーリスさんの体を持ち上げることすらできない。  諦めて、諦めきれなくて再び笛を手に取った、その時だった。  突如空が暗くなって俺は見上げた。そして、恐怖に体を強ばらせ、ユーリスさんの頭を抱えた。  俺の頭上にいたのは大きなドラゴンだった。燃えるような真っ赤な体に、赤い瞳のドラゴンは俺を見つけて降りてくる。  食われる。咄嗟に思ったけれど、俺はユーリスさんの体に覆い被さるようにした。  俺を食って満足するような大きさじゃないけれど、少しは時間が稼げるかも。その間にユーリスさんが目を覚ましてくれれば、逃げられるかもしれない。  少なくとも俺は、この人が食われる姿なんて見たくない。  必死にかき抱くように抱きしめている。すると不意に、頭に語りかけるような声がした。 『おーい、お前か? ユーリスの笛吹いてたの』 「え?」  驚いて上をみる。まだ若い少年の声がする。  見上げた俺の目の前で、竜は静かに降りてくる。そしてある程度の高度にきて、不意に光った。まぶしくはない優しい光が霧散していくと、そこからは一人の少年が背にコウモリのような羽根を羽ばたかせていた。  ドラゴンの体と同じ真っ赤な髪に、ルビーを思わせる煌めく瞳。目尻と前髪の一部に金色がある、17~8歳くらいの少年だった。 「やっぱユーリスだ! って、うわ! 何したんだ?」 「あの、これは…」 「あんた、ユーリスの知り合い?」  驚き過ぎて上手く言葉が出ない。脳内大パニックで真っ白寸前だ。俺は未だにユーリスさんに被さるように抱きしめながら、涙腺崩壊のまま頷いた。 「まぁ、だよな。まずはユーリス運ぶか」 「あの…食べるなら俺だけ…」 「食べる? って、俺人間なんて食べないよ!」  クルクルと表情を変えながら、少年はまた光に包まれる。すると今度は真っ赤なドラゴンが現れて、手の平を平らにしてくれた。 『ほら、乗った! ユーリスの屋敷まで運ぶからさ』 「あの、俺…」 『ん? どうした?』 「俺、抱き上げられない…」 『あぁ、そうか! どれ、よっこいしょ』  赤いドラゴンはとても慎重にユーリスさんを爪の先でつまみ上げると、平らにした手の平にのせた。そして俺にも乗るようにと促してくる。  ドラゴンの手の平に乗り、ユーリスさんの頭を膝に乗せる。するともう片方の手が上から蓋をするように覆い被さった。さながら、子供につかまった虫の気分だ。 『よーし、しゅっぱーつ!』  元気のいいかけ声と共に体が急激に浮き上がる不快感。絶叫マシーンに乗った時のような急加速の上昇に体が悲鳴を上げた次の瞬間には、急に空中で止まったらしく内蔵の浮き上がるような無重力を感じて思わず口元を抑えた。  目的地に向かい、ドラゴンは飛んでいく。そしてものの数分で、彼は再び地上に降りたのだった。

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