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13-2 バカだと知っていたけれど、ここまでなんて

 翌日の夜、俺は執事さんからユーリスさんの目が覚めた事を教えられて彼の部屋を訪ねた。ユーリスさんはベッドに座って、とても柔らかな目で俺を見つめた。 「マコト」 「ユーリスさん」  俺の涙腺はこの数日で本当に崩壊状態なのかもしれない。目を開けて、声を聞けて安心した。安心したら涙が溢れてくる。  心配そうにユーリスさんが立ち上がろうとするのを止めて、俺は涙を拭いながら側にある椅子に腰掛けた。 「ごめんなさい、安心したらなんか」 「心配かけてしまったんだな」 「いいえ」  優しい笑みを浮かべてくれる。俺がのろまだからこんな怪我をさせてしまったのに、怒ったりしない。どんだけ甘いんだろう。もっと、責めたっていいのに。 「怪我、痛みませんか?」 「あぁ、痛みはない。婆に聞いたが、君の方こそダメージが強かったみたいだが。体調は、大丈夫なのか?」 「はい、おかげさまで」  吐き気とかは完全にないし、ご飯も食べられている。この家の人はみんな俺に優しくて、俺はその優しさが少し痛かった。 「それは良かった。いきなりトラブルに巻き込んで悪かったな。明日には動けるだろうから、少し町を…」 「ユーリスさん」  彼の言葉を遮るようにして、俺は少し強く名を呼んだ。驚いたような黒い瞳を見ながら、俺は必死で考えていた事を口にした。 「ユーリスさん、聞いてください。実は俺、一つだけスキルがあったんです」 「え?」  疑問そうに、少し驚いた様子でユーリスさんは俺を見ている。その視線が少し痛い。一日かけて決意したのに、舌が鈍りそうだ。  怖くないなんて言わない。全部が未知なんだから仕方がない。  異世界も未知だけど、生活自体は前の世界とそれほど変わらない。まだ受け入れられる。  けれど、同性とのセックスや妊娠出産なんてのは、明らかに経験のしようがない。痛いって聞くし、出産は命がけなんてのもテレビで聞いた事がある。怖くて足が竦む。  でもそれ以上に、俺は何かを返したい。ただ、その一心だった。 「俺の持っているスキルは、『安産 Lv.100』です」  伝えた途端、ユーリスさんの黒い瞳が驚きに見開かれ、息を呑んだのが分かった。  彼はちゃんと分かってる。俺の存在は、待ち望んだものなんだ。このままでは王家の血筋が絶えてしまうかもしれないと言った彼にとって、俺は希望になれるんだ。 「俺、ユーリスさんの子供を多分、産めます」 「マコト…」 「経験はないけど、スキル高いから。だから…」  言えよ俺。一番大事なんだよこれが。ユーリスさんは優しいから、自分の要求を俺に押しつけたりきっとしない。俺が俺の意志で了承しないとダメなんだ。 「だから、薬つかって俺を抱いてもらえませんか?」  震えながらでも、俺は言えた。沢山の勇気を振り絞った。未だに手は震えている。本当に情けない。役立たずで根性無しじゃどうしようもないだろう。  ユーリスさんは驚きから戻ってこないのか、呆然と俺を見ている。その視線がいたたまれない。俺は立ち上がって、服を脱いだ。 「マコト!」  一糸まとわぬ姿なんて、いたたまれないなんてもんじゃない。恥ずかしさに泣けそうだ。  でも、決めたから平気だ。お膳立てだって必要かもしれない。こんなの抱くんだから、ちゃんと誘わないと乗ってくれないと思う。  そのまま側に行って、ベッドに片膝を乗せてみる。  でも俺は経験ないから、どうやって誘っていいか分からない。気恥ずかしくてAV見るの控えたりしなければよかった。本当に数えるくらいしか見てないし、男友達とネタのように見て盛り上がったくらいでちゃんと覚えてない。年相応の経験しとけば今困らなかったのに。 「抱いてください。俺、ユーリスさんの子供産みますから」  目頭が熱い。媚薬に頭がふやけた状態とは違う。俺の意識ははっきりしている。だからこそ、どうしていいか分からない。なんて言ったら伝わるのか、誰か教えてくれ。  そっと、俺の肩にユーリスさんの羽織っていたガウンがかけられた。そしてそっと、俺の体は離された。  途端に、違う痛みに胸が苦しくなる。拒絶を受け取って、俺は何もかもが崩れて行くように思えた。 「気持ちは有り難い。でもマコト、もっと自分を大事にしてくれ。俺は…」 「俺の貧相な体じゃ、ダメですよね…」 「え?」  苦しくて、悲しくて、涙が止まらない。息が上手く吸えていない。  俺は震えながら、後ろに下がった。この場所にいる事ができない。もう、ユーリスさんの側にいられない。  俺じゃダメだった。スキルがあるからって、思い上がってた。ユーリスさんにも相手を選ぶ権利はあって、俺じゃ全然ダメだったんだ。 「ごめんなさい…」  消え入るような声で言って、俺は脱ぎ捨てた衣服を浚うように掴んで部屋を走り出た。  後ろで慌てたように名前を呼ばれた気がするけれど、振り向く事なんてできなかった。俺は本当に、バカだった。

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