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14-5 失恋を経て俺は第二の家族を得た
更に翌日、俺はいつも通り朝の忙しさを乗り越えた。昼までの合間に、掃除や食器洗いを済ませてしまう。
そうしていると、いつも昼に来るはずのお客さんが顔を出した。
「いらっしゃい」
「あぁ、マコトちゃん! いい所に」
「え?」
食事に来た様子ではない。俺は首を傾げ、それを見ていたモリスンさんも視線を上げた。
「どうした?」
「今、役所からの立て看板が出てな。なんでもユーリス王子からのものらしい」
その名に、俺の心臓は痛みを伴って鳴った。苦しくなって胸元を握ってしまう。
とても変だ、泣きそうで、不安で、怖くて、緊張して。
そんな俺を横に来て見ていたモリスンさんが、話の続きを促した。
「どんな内容なんだ?」
「なんでも、人を探しているとか。黒髪に黒い瞳の、20代前半の青年で、異世界人だと」
二人分の視線が俺に注がれる。俺は、青い顔をしていたと思う。緊張に震えているのが自分でも分かる。
ユーリスさんはどうして、俺を探しているんだろう。一ヶ月もたって、どうして。
やっぱり、恩知らずな俺に怒っているのかな。それとも、突然消えたから心配しているのかな。
色々と思ったけれど、彼の前に立つ勇気は出てこない。ふられたのに、拒絶されたのに、どんな顔と気持ちで彼の前に立てばいいのか分からない。
「この子だとは言い切れない。悪いが、しばらくは内緒にしてくれないか」
「ん? まぁ、それは構わないが。俺以外にも疑ってる奴はいるんじゃないのか?」
「だとしても、少し待ってくれ」
静かに言ったモリスンさんは俺に静かな視線を向け、店に『Close』の看板を下げてマーサさんに声をかけ、俺を自室へと連れて行った。
モリスンさんの部屋も俺の部屋と変わらない。マーサさんと二人だから、少し広くベッドはダブルだが。
俺はそこで、モリスンさんと向き合っている。服の裾を握りしめ、顔を上げられないまま。
「マコト、ユーリス王子が探しているのは君で間違いないかな?」
直球の言葉に、俺の心臓はギリギリ耐えた。口から飛び出したって不思議はなかったと思うけれど、踏みとどまった。
「…怒っているわけではないし、君が何か悪事を行ったとも思っていない。君は素直で優しい子だ。一ヶ月も一緒に生活すれば、そのくらいは分かる」
「あの…」
「隠したい事情があるのも察した。だが、いずれここは知られてしまう。君がどうして探されているのか、ユーリス王子とはどのような関係なのか、話してくれないか?」
俺の言葉は震えて上手く出てこない。でも、モリスンさんの言う事は正しい。
ここのお客さんは俺の事を知っている。誰かが役所に俺の事を言えば、ここが騒ぎになってしまう。迷惑を掛けてしまう。
俺の目からは涙がこぼれた。こんなに良くしてくれる人にも迷惑をかけてしまうんだと。
「ごめんなさい…」
「マコト」
「ごめんなさい!」
もう、謝る事しかできない。俯いたままポタポタと落ちた涙が、木の床に模様を描く。そんな俺の前まできたモリスンさんはゆっくりと俺を抱きしめて、背中を撫でてくれた。
「謝らなくてもいい。君は異世界人というだけで、沢山の苦労と戸惑いがある。遠慮なんてしなくていい。迷惑をかけるなんて、思わなくてもいい。君は、私の大事な息子だよ」
言われたら温かさと優しさに胸が締め付けられて、俺は泣いた。嗚咽が漏れて止まらなくて、それでもモリスンさんは俺の事を慰めてくれた。ずっとずっと、そうしていてくれた。
その日の夜、俺は正直に二人に話した。
俺が異世界で最初に出会ったのがユーリスさんだったこと。彼に沢山助けてもらったこと。俺のスキルの事。竜の国に入る直前に起こった事。俺がユーリスさんにしてしまったこと。飛び出してきてしまったこと。
長い時間を掛けて話した俺は、少しだけすっきりした。後ろめたいなんて考えてはいなかったけれど、どこかではあったのかもしれない。
話を聞き終えたマーサさんは目に涙を溜めて俺を抱きしめ「辛かったわね」と言ってくれた。モリスンさんは俺を真っ直ぐに見て、一つ頷いた。
「ユーリス王子がマコトを探している理由は分かった。マコト、彼の所に戻るかい?」
俺は、言葉がない。正直彼がどんな理由で俺を探しているか分からない。
それに、俺がどんな気持ちで彼の前に立てばいいかが分からない。今更元のようになんてできない。側にいて、それでもこの人とは心から通じる事はないのだと思ったら、息ができなくなりそうだ。
「マコト?」
「…分かりません。俺は、ユーリスさんの事が好きです。今でも好きなんです。だから、拒まれてまだ苦しいんです。それなのに、顔を合わせるのは怖くて、痛くて、辛いです」
これがきっと本心だ。
モリスンさんは俺の言葉を聞いて腕を組む。難しい顔だ。
「ちゃんと、答えを聞いた訳じゃないんだね?」
「え? あぁ、多分…。でも、押し返されたし…」
「突然で戸惑っていたかもしれない。王子の気持ちを直接問うた訳ではないのだろ?」
「…はい」
「それなら、ちゃんと話をするべきだ。このままではマコトも、先には進めない。いざ他に好きな人が出来たとしても、過去を引きずってしまう。物事には必ず、決着というものが必要になってくる。そこを曖昧にするから、気持ちの悪い感情が残ってしまうんだよ」
諭すようなモリスンさんの言葉が染みていく。
俺は、勇気をもう一度出さないといけないだろうか。体で迫って拒絶されたのに、その拒絶を今度は言葉で聞かなければいけないのだろうか。
「側にいて、守ると誓う。君は私たちの大事な息子だ。例え相手が王子でも、息子を傷つけるような事は許さない。だから、もう一度確かめてみなさい」
「……はい」
たっぷりと悩んで、俺は頷いた。怖いけれど、逃げていいわけでもない。それに、二人が強く頷いてくれるからそれでいいんだと思った。
俺はもう一度ユーリスさんと向き合う。そして、ちゃんと話をしよう。傷ついたら、その時にまた何かを考えよう。大丈夫、今は一人じゃないんだから。
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