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14-4 失恋を経て俺は第二の家族を得た

 翌日から、俺は本格的に働き始めた。昨日は定休日だったみたいだ。  朝から仕事前の沢山の人が来て賑わい、その全員に驚かれた。  その日は目が回りそうだった。注文を取って料理を運んで、少しお話させてもらって。常連らしいおじさんが俺の尻を撫でたのをマーサさんが見とがめて、つねり上げたりしていた。  ミスもしたけれど、皆笑って許してくれて「頑張れ」って言ってくれる。赤くなったり青くなったりしている俺を温かく見守ってくれる。  俺はこんなに沢山の人の優しさと温かさを前の世界でも受けた事はなくて、密かに泣けてしまった。  皿洗いをしたり、掃除をしたりも俺はやっぱり好きだ。そういうのも手伝うと、マーサさんやモリスンさんに「上手いね」って言ってもらえた。俺は素直に笑う事ができている。  それでも夜になると胸が痛くなる。  一人のベッドで思うのは、ユーリスさんの表情。俺が裸で迫った時、なんとも言えない顔をしていた。眉根が寄って、瞳が厳しくて。拒絶で間違いない。思い上がった俺の間違いだ。 「っ…」  温かさを知ると涙が出るみたいだ。俺の心はまだジュクジュクと痛んでいるんだと思う。こんなに酷い失恋は初めてで、誤魔化す方法を知らない。  泣きすぎると頭が痛くなるから、俺は意識して眠ろうとした。肉体労働のいいところは、頭の覚醒とは裏腹に体は眠りを欲するところだ。俺は引きずられる様に眠った。  翌日はもう少しまっとうに動けた。そして、仕事の合間に料理を作った。厚焼き卵だ。  ユーリスさんが気に入ってくれたものだったが、竜人の人は好きな味なのか、マーサさんもモリスンさんも気に入ってくれた。  俺は作り方のレシピを書いて二人に渡し、また違う料理を作る事を約束した。  仕事は相変わらず、振り回されている。でも少しだけ体が覚えた。昨日よりはミスもない。ひっそりマーサさんに「グッ!」と親指を立てて褒められて頬が緩んだ。  数日過ぎれば俺は元からこの店にいたような感じになった。  元々順応力はあったらしく、忙しく動き回っても体の使い方が上手くなって無駄がなくなった。ミスもなくなっている。  それに、知り合いのお客さんが増えてきた。毎朝来てくれる人、昼に来る人、特定の料理ばかりを頼む人。  俺がその人達の顔を覚えるのと同じように、お客さんも俺の事を覚えてくれる。最近では「マコトちゃん」と呼ばれるようになった。  ユーリスさんの屋敷を飛び出して、一ヶ月が経とうとしていた。俺は宿に馴染んでいて、楽しい日々を送っている。もうここが俺の家のような感覚すらある。  でも、胸の痛みは消えない。一ヶ月、ユーリスさんは俺の事はもういいんだと思った。  それを望んだはずなのにどこかで悲しんでいる勝手な俺がいる。探して欲しかったと思ってる、バカな俺がいるんだ。  そんなある日、店を閉じてから家族の時間を厨房で過ごしていると不意に、モリスンさんが真剣な顔で俺の前に座った。 「マコト、少しいいかい?」 「はい」  ただならない雰囲気がある。俺は居住まいを正して座り、マーサさんも近くに座った。 「ここには馴染んでくれたかい?」 「はい、とても、毎日楽しく過ごしています」  偽りない俺の言葉に、モリスンさんも「うんうん」と頷いてくれる。 「実は、マーサとも話していたんだが、君さえよければ家の息子にならないかね?」 「え?」  思いもよらない申し出に、俺は目をぱちくりした。養子…ってことは、俺が二人の息子になるってこと? こんな何も持たない俺が、二人の? 「見ての通り、私たちには息子がいない。十分だと思っていたが、やはり寂しかったんだろう。マコトを見ていて、息子がいたらこんな感じなのかと思っていてね」 「本当に、マコトは可愛いわ。こんな子が息子ならって、思ってしまうほどなの。だからもし迷惑じゃないなら、受けてくれないかしら」  モリスンさんもマーサさんも、とても真剣に言ってくれる。  俺の胸はジワリと温かくなって、嬉しさから涙が出そうになる。  父母からの温かさを知らない俺にとって、二人は理想的な父母像だ。俺もいつしかこの二人を父や母のように思えていた。  けれどやっぱり、簡単に決断できない。他人が踏み込んでいいのかとか、迷惑をかけるんじゃないかとか、面倒な事を沢山考えてしまう。俺の悪いところだ。 「十分考えて、悩んで決めてほしい。答えは勿論急がないし、断られるのを覚悟で話している。私たちに気負いする必要はないんだよ」 「そうよ、これは私たちの勝手な思い。マコトはマコトの生きたいように生きなきゃダメよ。それに、例え貴方が息子にならなくたって、気持ちはもう息子のようなものだわ」 「モリスンさん…マーサさん…」  こみ上げる嬉しさに涙が出て、マーサさんが「あらあら」と言って俺の目元を拭い、モリスンさんが温かく見守るような瞳で笑っている。そんな温かさを、俺は噛みしめていた。

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