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番外編〈後〉
食事を終え、案内された部屋に二人になると、景は背後から理人をぎゅっと抱きしめた。
ここは街からは遠く離れた自然の多い場所。普段は耳になれた街の騒音もなく、聞こえるのは虫の声ばかりである。
アジアンテイストでまとめられた広い部屋には、芳しい花の香りが漂っている。建具も床も天井も、全て統一された濃茶色。壁も明度を抑えたオフホワイトで、間接照明のあかりがよく映える。
窓の向こうには湖があるらしいが、叩きつける雨で視界が悪く、今は見えない。そうして塞がれた世界にいるからこそ、いつもよりも景のぬくもりをしっかりと感じ取ることができる気がした。
「ん……景」
背後から耳を食まれ、舌先が輪郭を辿る。景の吐息を感じるたび、理人の身体はぞくぞくと甘く震えた。しっかりと理人を抱きしめる腕に手を触れながら、理人は首だけで景を振り返った。
「シャワー、したい……んだけど……」
「だめ、待てない」
「んっ……わっ」
景はひょいっと理人を抱き上げて、ベッドまで運んで行く。
ブルメリアの花が散らされたシーツの上に横たえられると、部屋に漂っていた甘い香りを強く感じた。黄色みかかった白、または薄桃色の花びらから生まれる自然な芳香だ。
愛らしい花々に気を取られているうち、景は理人のジーパンの前をくつろげ始めているではないか。理人は慌てて上半身を起こし、景の肩に触れた。
「ちょっ……景! 何して……」
「フェラしたい。……いいだろ?」
「えっ、ちょっ……それならやっぱ、シャワー……っ…………んンっ……」
理人の許しも待たず、景は理人のそれをぱっくりと飲み込んだ。耳を軽く舐められただけで半ば勃ち上がっていたそれを唾液で濡らし、先端を口に含んで舌で転がす。丁寧に丁寧に鈴口を舌先で舐めくすぐられ、理人は思わず「はぁっ……」と甘い嘆息を漏らした。
「あん、っ……きたいないよ、景っ……待っ……んんぅ……」
抵抗しようとしたけれど、口淫で与えられる快楽に負けてしまう。根元を扱しつつ、くぷ、くぷ……と音を立て、頭を上下させながら理人のペニスを愛撫する景の姿は、見ていてクラクラするほどいやらしかった。
「はぁっ……ハっ……あぁ……んっ……」
きっと、情けない顔をしていたのだろう。ふと、上目遣いでこちらを見上げた景が、唇を吊り上げる。じゅっ……と吸い上げられ、にゅるんとペニスから唇を離した景は、震えるほどに妖艶な笑みを浮かべていた。
「……気持ちいい?」
「っ……うん、きもちいぃ……っ……」
「かわいい、理人。もっと、してもいい?」
「いい、けどっ……でも、もう出ちゃうから……」
「いいよ、中で出して。……全部飲ませてよ」
「で、でもっ…………ア、あ…………」
ペニスを白い指で扱きながら、景は赤い唇から舌を伸ばして、見せつけるように先端を舐める。なおも挑発的な目つきで理人を見つめたまま、悪魔のように微笑みながら。
艶めいた唾液が理人の体液と混ざり合い、ぬるぬると淫靡な感触だ。理人が喘ぐたび、景はうっとりと目を細め、恍惚とした表情で理人のそれを口内で愛撫する。
「あ、あっ……けい、っ……ンっ……も、いく……でちゃうよ…………」
「……いいから、飲ませて?」
「ふっ……ぅっ……ぁあっ、ぁ……ンっ……」
景の動きが速くなる。形のいい唇をぬぷぬぷと出入りする己の屹立も、いつにも増して荒ぶっているようだった。それほどまでに、景のフェラチオは気持ちがよく、淫らで、理人の興奮をめちゃくちゃにかき乱すのだ。
「あ! ぁっ……!! だめ、いくっ……けいっ……でちゃう、ァっ……あ、んんっ……ぅっ……!!」
たまらず迸らせた体液を、景は全て飲み下してしまった。仕上げとばかりに吸い上げられ、理人の腰がビクンと跳ねた。思わず「んっ!!」と情けない声が出てしまう。
いつしかジーパンは抜き去られ、下肢だけを露わにする格好にされてしまった。景はすっと身体を起こし、身につけていた黒いハイネックセーターを脱ぎ捨てた。そして、雄々しい瞳で、理人の全身を見下ろしている。
しっとりと汗に濡れ、唾液と体液で濡れそぼったペニスをあられもなく晒し、はぁはぁと呼吸を荒げている理人の姿を。
「景……」
「エロいな……理人」
「あ、ぁっ……」
身につけていた紺色のセーターを捲り上げられ、つう……と指先で下腹をなで回される。景はそのまま、汗ばんだ理人の太ももにまで指先を這わせ、ちろりと舌舐めずりをした。景の頬にも赤みが差し、さっきまでの余裕が消えている。
「っ……アんっ……」
「すごいね、溢れてる。……聞こえるだろ、いやらしい音がするね」
景は片手で自分のベルトを抜きながら、くちゅくちゅと音をさせつつ、理人の後孔に指を抽送した。ピストンされるたびに溢れ出す水音は、あまりにも生々しく、いやらしく、羞恥心を煽られる。
だが身体のほうは、もっともっとと浅ましく快楽を求めているのだ。
理人は自ら脚を開いて腰を突き出し、景を見上げて懇願した。
「ぁん……ハァっ……ねぇ挿れて……いれてよ、景っ……」
「今日はずいぶん、素直だね」
「そっ……そんなことない…………ァっ……ぁ、あっ」
「指じゃ物足りないんだね? ほら、こんなにひくついて……欲しがって、かわいい」
ぬる……と指を引き抜いた景は、理人をまっすぐに見つめながら、またぞろ妖艶な笑みを浮かべた。そして理人をゆっくりと貫きながら、濃密なキスで吐息をも飲み込んでゆく。
「ンっ……!! んぅ…………っ……んっ……!」
楔を待ちわびていた内壁をかきわけ、景のペニスが挿入(はい)ってくる。硬く反り返ったそれに貫かれる瞬間が、理人はたまらなく好きなのだ。
内側から生まれる激しい熱で、伏せた睫毛が涙で濡れる。口内を舌で撫でられ、景のペニスで最奥まで満たされて、理人は激しく絶頂していた。
「……ハァっ……! はぁ、……けい……ッ」
「挿れただけで、イっちゃった? ……つられてイキそうになっちゃったよ」
「けいっ……きもちいい、きもちいぃ……ふぅっ……ンっ……」
「かわいい。動いてもないのに、そんなに喜んでくれるの? 奥が好き?」
「すき、……すき、ぁあ……ンっ……」
深く嵌められたまま、腰を揺らす景の動きに翻弄され、理人はあられもなく声を上げて乱れた。景は再び腰を引き、ずんと奥まで深く突き上げ、ゆっくりとした抽送で理人を抱いた。
「あ! ぁ! ぁんっ……ぁ、っ……ハァっ……!」
「もっと速いのがイイ? ……理人、教えて?」
甘い声でそんなことを囁きつつ、景は理人の胸の尖にまで舌を這わせた。びりびりと甘い刺激がさらに加わり、理人は腰をよじって身悶えながら、「やぁっ……そこ、いっしょに、されたら、っ……ァっ、ぁ、ンンっ……んっ……!!」と再び体液を迸らせてしまう。
景はうっとりと微笑みながら、腰の動きを荒くし始めた。
「ふぁっ……景っ……ァっ! やぁっ……! はぁっ……ぁ、あっ」
「気持ちいい……? 乳首も一緒にいじめられるの、好きだもんね」
「すき、すきっ……アっ……はぁっ……ぁんっ、おく、イイよぉっ……」
「セックスの時はとことんエロいね、理人……もっともっと、めちゃくちゃにしたくなる」
「あ! ぁっ、けいっ……ンんんっ……!」
ぱんっ、ぱんっ、と濡れた肌がぶつかる音が恥ずかしいのに、いやらしくてたらまらない。同時に乳首をきつく吸われてしまえば、理人は前後もなく乱れに乱れ、景の背中に爪を立てながら達してしまった。
「はぁ……っ……俺もイキそう……理人の中、スゴイから」
「んんっ、んっ、ぁ、あっ、やっ、」
「ごめん、余裕なくて……。気持ちよすぎて、腰、止まんないよ……」
そう言って切なげに眉根を寄せる景の表情は、たまらなくセクシーだ。膝裏を掴まれて、さらに腰を持ち上げられ、がつがつと無遠慮に腰をぶつけられ、理人は涙を流しながら善がり狂った。甘い悲鳴が止まらず、景を欲して自ら腰を振ってしまう。
「あ! ぁ、あ、ああんっ、ぁ!」
「はぁっ……ぁ、いく……イクっ…………!」
「おれも、いっちゃう、また、いっちゃうよ……はぁッ、ああっ……ァんんっ……!!」
深い腹の奥で放たれる、景の体液を感じる。
オメガ同士では、胎に胤が根付くことはない。
だが、抱かれれば抱かれるほど、景から与えられる愛情の強さに心が震えた。
胎内へ刻み込まれるように放たれる景の熱を感じるたび、これまで望むことのなかった新たな絆を、欲してしまう――
隣にとさりと横たわる景の身体に、理人はそっと身を寄せた。
肩を抱かれ、ちゅっと額にキスをされ、理人はそのくすぐったさに少し笑った。
「俺がもし、アルファなら……」
「……へ……?」
「いや……なんでもない」
ふと、景が小さな声で何かを言いかけた。気だるい身体を肘で支えて、景の顔を覗き込んでみる。
「え、なんだよ。言えよ」
「……うーん」
「気持ち悪いじゃん。言ってよ」
「……うん。もし俺がアルファだったら、もうとっくに、理人は俺の子どもを宿してるかな……って、思って」
「あ……」
今まさに理人も考えていたことを景が口にするものだから、驚いてしまう。
オメガ同士では子どもなど望みようのないことだが、景もまた、理人と同じようなことを考えていたらしい。
「……俺も、似たようなこと考えてた、けど……」
「え? でも理人は、子ども欲しくなかっただろ」
「前は、そうだったけどさ……」
相手が景だからこそ、そういう未来が欲しくなる——でも、そんな望みを口にしたところで、どうにもならないことなのだ。
とつとつとそんなことを語る理人の声を、景は黙って聞いていた。
ぎゅっと肩を抱く景の手の強さに、寂しいような切ないような、言いようのない苦しさを感じてしまう。
だが理人は、あえて明るい口調で、こんなことを提案してみた。
「その気になれば、養子をもらうっていう手もあるけどさ。俺のいた施設でも、養子縁組の話とか多かったし」
「そうなんだ。……養子、か」
「けどまぁ、景は嫉妬深いから、まだ無理かもね」
いたずらっぽくそんなことを言ってみると、景は目を丸くして理人を見つめた。そして「なんだそりゃ、どういう意味だよ」と言いながら、理人の脇腹をくすぐりにかかってくる。弱点である脇腹を徹底的に攻められて、理人はしばし笑い転がされてしまった。
「だって、例えば赤ん坊を養子に迎えたとしてだ。俺とその子がいちゃいちゃしていたら、景、絶対怒るだろ」
「……う、うーん……」
「施設でも見てきたけどさ、赤ん坊がいると、絶対にその子が生活の中心になる。俺が赤ん坊の世話ばっかりしてたら、お前拗ねちゃうんじゃないの?」
「……理人って、俺のことどういう目で見てんだろうな……」
どことなくもの悲しげな声でそんなことを言う景だが、眼差しと口元は笑っている。
もう一度抱きすくめられ、軽く唇を啄ばみ合うキスをかわしながら、景は理人にこう言った。
「確かに、理人の言う通りかもね。俺はまだまだ、理人を独り占めしてたいし」
「……ふふ、そうだろ」
「そのことは、これからふたりでゆっくり考えていこう。……でも今は、もう一回理人を抱きたいな」
そう言って、景はちゅっと理人の首筋にキスをした。
ネックガードの下、オメガにとっての性感帯である首筋を思わせぶりに舌でなぞられ、理人はぶるぶる……っと甘い期待に肌を震わせる。だが、喘がされっぱなしというのも何となく悔しいので、理人は必死で顔を引き締めつつこう言った。
「い、いいけど……その前にシャワーだな」
「え、バスルームでしたいの? うん、いいよ。行こっか」
「……いや、そういう意味じゃないんだけど」
と、さめたことを言いつつも、広々としたバスルームの中、大きな鏡を前にして淫らなことをされるのは、想像以上にいやらしくて……。
いつにも増して情熱的かつ刺激的な景のセックスに、理人はすっかり蕩(とろ)けさせられてしまったのだった。
おしまい
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