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寂しい、という心を捨て去れば
自由に生きられるのに
どうも人間ってのは小難しい。
上手く生きようとする度に上手く出来ない。
それを環境のせいにするのか、
自分を責めるのかで世間の態度も違う。
もっと器用に生きられれば
もっと自由に生きられるならば
俺はこんな惨めにもならずに済んだだろうか。
「倉間、起きて」
「…起きてるよ。」
今日も朝イチで倉間を起こす。
倉間とは俺の幼馴染であり、
ルームシェアをしている同居人でもある。
平凡な家庭、いや少し過保護な家庭で
育った俺は大学進学を理由に
一人暮らしを始めようと思ったのだが
「危険だ」の一点張りで聞き入れては貰えず
結果同じ大学に進学する倉間と
ルームシェアをするなら、という条件で
大都会に上京した。
倉間は酷くマイペースな男だ。
何をやるにも自分のペースで行うし
そのペースを乱されると途端にヤル気を無くす。
だから扱いには注意が必要なのだが
朝が弱い倉間を無理矢理起こす毎日に
ヒヤヒヤと肝を冷やしている。
実を言えば倉間とのルームシェアは
俺からすれば天にも登るような
ラッキーな出来事だったのだ。
倉間に対して恋愛的な感情を抱いたのは
小学生の頃。
もともと俺は可愛いものが好きで
男の子と外で遊ぶより
女の子とおままごとをする方が好きだった。
それを何度も馬鹿にされ
好きな色はピンクだ、と言った時に
「ピンクオカマ」というあだ名がつき、
男の子にハブられたのだが
倉間が心底興味無さそうに
「ピンクは女のものだけじゃねぇだろ
お前、桃の絵を塗る時青を塗るのか」と
小馬鹿に仕返してくれた。
多分それがキッカケ。
最初はヒーローのような存在だった。
けれど中学になって漸く理解したのだ。
俺は倉間が好きなのだと。
それと同時に男が可愛いものが好き、
というのは異常だという事にも気付いた。
父に似て目が鋭く、身長もそれなりにある
自分がクマのぬいぐるみのキーホルダーを
持っているのは
酷く恥ずかしい事だと、周囲の目で知った。
だからカッコいいものが好き、
好きな色は黒、そうやって嘘をついてきた。
自分を誤魔化す事はそう難しくはなく、
案外簡単で、周囲も「そうだよな」と
笑っていた。
けれど倉間はそんな俺を見ていたのか
あの時と同じような顔をして
「ダッセェな、お前」と
俺を鼻で笑った。
それがショックだった。
告白もなにもしていないのにフラれた気分だった。
それから倉間とはずっと疎遠になり
大学進学が決まるまで
一言も話さなず過ごしてきたというのに。
突然のルームシェア、というのは
心臓に悪く、遠足前の子供のように
俺の心を浮き立たせたのだった。
幼馴染と言えど家が近所で
同じ学校に歩み続けただけで
特段仲が良いわけでもない俺たちは
お互いに苗字で呼び合い、
干渉もしない。
同じ屋根の下で住んでいても
俺には倉間が何色が好きかさえ
分からないのだ。
近くて、随分遠い距離を保っている。
友達でもなんでもない
ただの同居人。
むしろ倉間は俺が苦手なのだろう。
朝起こしに来ても「おはよう」の一言もない。
俺が作った朝食に気付いてないのか
食べたくないのか、
いつもリビングを通り越して洗面台へ向かう。
そして顔と歯を洗い終えたら
また部屋に戻り支度をして出て行ってしまうのだ。
2人前作った朝食は全て俺の腹の中。
いい加減学習して
自分のぶんだけ作ればいいのに
俺は毎朝2人分作ってしまう。
どこかで期待してしまうのだ。
彼が「おはよう」と言葉を返してくれる事を。
ご飯を食べて「美味しい」と
言ってくれる事を。
無駄な期待、不毛な恋愛。
嫌われているのは一目瞭然だというのに
いつになれば俺のこの恋心は死んでくれるのか。
寂しい、と心の底から思う。
「街田ァ、ゼミのレポートもうやった?」
「ううん。まだやってない。多村は?」
「俺もまだ!やっべぇよな!はは!」
多村、というのは大学ではじめて出来た友達。
一見ホストのような風貌なのだが
人当たりが良く誰とでも喋るし
偏見や差別という言葉が大嫌いで
チャラい外見とは裏腹に正義感が強い男だ。
多村がいなければ今頃俺は孤独に死んでいた、
と言っても過言ではない。
それに多村は俺がゲイかもしれない、
という事を知っている。
大学でも一人で、
家に帰れど倉間と会話すらなく
寂しさや虚しさでぐちゃぐちゃになって
憂さ晴らしに、とゲイバーに足を運んだ時
偶然居合わせたのが多村だった。
「あれ…君ウチの大学の子だよね?」
「えっ…?あ…えっ!?」
「講義でたまに見かけるよ君!
すっげぇイケメンだなって思ってたからさぁ」
「えっ…と人違いじゃないですか?」
「大丈夫だよ。別に大学で言いふらしたり
しねーし。それに俺もバイだから。」
「あ…いや…俺イケメンじゃないから…
人違いじゃないかなって…」
「ええー!?そっち!?」
そう言って笑ってくれた多村に
一緒に飲もうと誘われ
そのまま連絡先を交換し、時折
ゲイバーで会うようになった。
そのうち大学内でも話すようになり、
今や俺の心の支えでもある。
逆を返せば多村以外友達はいないのだが
別に苦ではない。
多村は友達が多いし、
俺とばかり行動しているわけでもないので
一日の半分以上俺は誰とも喋らない。
多村が話しかけてきたり
昼飯に誘ってくれたりしない限りは
一人でいる事が多いのだ。
ああ、俺って寂しい奴だな、と
自嘲もするが
気兼ねなく話せる相手がいるだけで
随分と世界は違って見えるものだ。
可愛いものが好きでピンクが好き、と言っても
笑わない相手は多村で二人目。
…まぁ一人目には自分のせいで嫌われたけれど。
そんな多村に好きな人が出来た、
という報告を受けたのは
例のゲイバーでの事だった。
「そっか…多村に好きな人かぁ…」
「まぁな」
「大学の人?」
「そう。しかも野郎でさ。」
「えっ」
多村はバイだから女の子も普通に好きだ。
この前付き合っていたのは女の子だったし
ゲイバーに来る割には
男に言い寄ったりしているのを
一度も見た事がない。
「すっげぇ無愛想なんだけど、
すっげぇ男前っつーか…。何も考えて
無さそうだけど誰よりも考えてて
自分を持ってる奴でさ」
「…うわぁ、すごい。多村恋する顔してる」
「いや、してんだってば、恋。」
照れたように笑う多村に
俺も嬉しくなった。
大学の人ならば相手はノンケなのだろうけど
叶って欲しい、と心から思う。
「名前とか聞いてもいいの…かな?」
「あはは、俺と街田の間に
隠し事なんか無しっしょ!」
「えっと…うん、嬉しい。」
「…俺街田のそーゆーとこ可愛いなって思うわ」
「かわっ…!?」
「素直で顔に嬉しい!って出るところ。」
「…それ褒めてる?」
あはは、と笑い合い
酒を少し啜って沈黙を置く。
酔っているのか、照れているのか
耳まで赤くした多村が微笑んで言った。
「倉間佑大、って奴なんだけどさ。」
その名前を聞いた時、
血管を流れる血が一瞬で冷えた。
凍えるような寒さが背中を凍らせる
ガシャン、と鋭い音をたてて
手元からグラスが落ちていった。
「ちょっ、街田、どうした!?」
「あ…ごめ…」
「もう酔ってんのかー?」
ケラケラと笑い机と服を濡らす
酒を多村は拭いてくれる。
俺はそれをただ眺めていた。
どうしよう、と何度も頭で唱えながら。
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