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多村に上辺だけの「頑張れ」を言った。 微塵も気持ちなどこもっていない 頑張れ、だったと思う。 けれど俺はどうしていいか分からず 混乱に身を任せていた。 素直に「俺も倉間が好き」と言うべきか。 けれど、そうしたらどうなる? 多村は俺が「ある男」の事が好きだが 言い出せない状況だということは知っている。 その「ある男」が倉間だと知ったら 多村は、きっと倉間を諦めるだろう。 それでいいはずなのに、 靄がかかり声には出ない。 多村は俺の「頑張れ」という言葉に 頬を染めて、眩しく笑って 「有難う。街田も頑張れよ」と言った。 その言葉に酷く、焦燥感を煽られた。 あれから数日経っても俺は混乱したまま。 友人の幸せを願う心は本物だ。 だけれど、それと同時に 「やめてくれ」と思うのも本当だ。 答えなど出ず、ただただ焦るだけ。 俺は不器用な人間だ。 倉間の事を好きだという事を上手く 隠して多村を応援できる器でもないし、 かと言って多村に事実を打ち明ける事さえ 出来ない臆病者だ。 「どうしたいんだ」と問われれば 「聞かなかった事にしたい」が本音。 多村に救われてきた日々は俺を睨む。 脳味噌の中であの頃の俺が言うのだ 「お前、誤魔化す事は得意だろう」と。 なにを誤魔化せばいいのだろう。 倉間に対する気持ちを誤魔化して 無かった事にすればいいのか。 そうしたら、俺は、楽になれるのか。 そんな事出来ていたら 今頃は、とそこまで考えてやめる。 これの繰り返しだ。 答えは中々見つからず、 多村と顔を合わせるのが怖くて コソコソと大学内を歩く。 「あ、街田!」 けれど多村は俺を見つけるのが上手だ。 ニッカリ、と眩しい笑顔で 俺に向かい手を振る。 瞬間、チカリ、と目の前が光った。 目が眩むようにチカチカと 星が舞う。 ズキズキと身体の何処かが痛み出す。 多村の隣にいたのは、倉間だった。 呆然と立ち尽くす俺を不審に思ったのか 多村がこっちへと走ってくる。 「おーい、街田?どうした?」 「なんで…」 「え?いやぼーっとしてるし…つか、 最近顔合わせなかったし忙しかったの?」 「…あ、うん…」 多村は俺を気遣うように頭を撫でた。 俺はそれを払う事も出来ず 混乱に混乱を重ね、呆然とするだけ。 「あ、あれが噂の倉間、ね。」 そう言って多村が指差したのは 俺がよく知っている男だ。 倉間も腕を組んでこちらを見ていた。 「まぁノンケだからさ。 お友達からはじめて近付こうかなーって。」 「…友達に、なれたの?」 「おう。まぁ、もともと同じ学部だしさ。 意外と話合うし!実はこれから倉間と 買い物行くんだわ」 そう言って嬉しそうに笑った多村に 吐き気がした。 友達になれた?…俺はずっと 友達にさえなれなかったのに。 買い物?…俺は、1度も倉間の隣を 歩いた事なんて無いのに。 どうして、つい最近知り合ったはずの 多村がそれを出来るの。 「ちょ…街田、マジで顔色悪りぃよ 家まで送ろうか?」 「いい、大丈夫だから」 「いやでも…」 「いいって!」 思わず大きな声が出た。 倉間にも聞こえたのか、 こちらを見ていた顔が一瞬で曇る。 それが余計に吐き気を催した。 「ごめん、でも大丈夫だから」 「街田…」 「ごめん、ごめんなさい。俺、帰るね 楽しんできてね」 慌てて言葉を繋いで、 その場を走るように去る。 後ろから多村の声がしたけれど無視した。 心底嫌悪する。 自分の弱さに、醜さに。 多村を羨んで、妬んで気付いた。 俺はなにひとつ行動に移さなかっただけだと。 倉間に嫌われているから、と 言い訳をして 買い物に誘ったり友達になろうと 近付いたりもしなかった。 毎朝恩着せがましく起こしたり、 朝食を作ったりしてただけ。 倉間に好きになってもらう努力なんて 1つもしてこなかった。 それなのに立派に、友人を妬んだ。 それが許せない。吐き気がする。 早歩きのつもりが、いつの間にか 走っていて 息も切れて苦しいのに 足は止まらなかった。 ぶつかり転がるように家に入って トイレへと駆け込む。 嗚咽は止まらないのに、 なにひとつ出ては来なかった。 涙と汗だけが、 俺を蝕んで心臓が胸を激しく叩き、 ぐるぐると床が回る感覚に どうしていいか分からず 出た声は、汚い叫び声だった。

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