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シロさんの声以外の音全てが 雑音に聞こえる。 シロさん以外の人が全て マネキンのように見える。 心臓を鳴らすのは、恐怖だ。 震えた声で語ったあの日からの全てを シロさんは口元だけを笑わせて 黙って聞いていた。 俺はシロさんの目を見れずに その綺麗な口元だけを見ていた。 「…成る程。とんだ転び方をしたもんだ」 「…分かっては、いるんです。 自分がやってる事は、自分の為だけの 逃げ道だって事は」 咎められるだろう。 俺の決めた覚悟は否まれるだろう。 だって余りにも不器用で難儀で 卑怯なやり方だ。 現に誤魔化しているつもりでも 完璧には誤魔化せず、 こうして忘れる為にゲイバーに通い 名も知れぬ男と肌を合わせている。 シロさんがくれた自信を、 靴底で踏み締めるように粉々にして でもそれを武器にしているのだから。 「それは違うよ。全然分かってないね 街田くん。自分の為だけの逃げ道? そんなんじゃないよ。 君が今やってる事は自分を痛め付けて 虐げてるだけだ。」 シロさんは淡々とそう告げて 俺の腕を離した。 「幼馴染への恋心も、親友との信頼も 壊しきれなくて、君は君を壊す事にしただけ。 何も解決はしない方法で君は 行き止まりの道で足踏みしてるだけだよ」 「わか…分かってます…! でも…それでも、上手くやれてるんです。 倉間とも少し会話をするようになったし、 多村とも…」 「それで進んだ気になったの?」 「っ…」 全て、正論だった。 その言葉たちに俺の喉は詰まる。 もう言い逃れなど出来なかった。 ぽとり、と涙が重力に逆らい落ちていく。 分かっているんだ、そんな事。 俺が一番よく知ってる。 夜に涙が勝手に落ちる理由も、 部屋の中がオアシスのように感じる理由も、 身体だけの関係を作る意味の無さも。 全部知ってる。 だけどそうでもしないと、 俺はきっと、声を荒げて言ってしまう。 倉間や、多村に聞こえるような声で。 たすけてくれ、と。 「街田くん」 嗚咽を堪え泣く俺にシロさんは 笑いかける。 それは普段と変わらない 優しいシロさんの笑顔だった。 「俺は言ったはずだよ。 君は君にしか成り得ない、って。 好きなものを好きと言ってはいけない なんて事はない、ってね。」 シロさんの大きな手が俺の髪を掬う。 「どうやったって君は臆病者で、 卑怯者で、逃げる事が大好きで 誤魔化す事しか出来ない人間だ。 器用に振る舞う事なんて出来ないだろうね。 だけどそれが君だろう? そんな自分が嫌いならそれでもいい。 それでも俺はそうやって悩んで、苦しむ街田くんが 好きだよ。だから、今はただ 大きな声で叫べばいいんだ。」 視界がボヤけて見えない程の涙が 零れ落ちて、やっとクリアになった 世界の中、シロさんはやっぱり笑っていた。 それが嬉しくて、また俺は泣く。 俺は誰かに言われたかったんだと思う。 声を荒げてもいいんだ、と。 認めて欲しかったんだと思う。 俺は俺でいていいのだ、と。 弱くて情けなくて可愛い物が好きで 好きな色はピンクで 倉間が好きで、好きで堪らなくて でも多村の事も大切なこんな俺で いていいのだ、と。 言って欲しかったんだ、ずっと。 零れる涙も、溢れる嗚咽もそのままに 俺はただ叫んだ。 言葉にもならない声をただ、 叫んでいた。 叫び泣いた後、店内は少し 騒ついていたけど シロさんはケタケタと 「豪快な泣きっぷりだね!」と 目尻に涙を溜めてまで笑っていた。 少し恥ずかしくなって 「すいません…」と口を尖らせると シロさんは目尻に溜めた涙を拭いて 俺の肩を叩いた。 「さて、街田くん。 君はこれからどうするんだろ? 男を引っ掛けてホテルに行く? それとも、全力で壁にぶつかる?」 その二択を数時間前の俺に出したら 完璧に前者を選んだだろう。 だけど今は、もう。 「ぶつかって怪我して、痛くて泣いたら そしたらシロさん、助けてくれますか」 「うん。勿論。笑ってあげる。」 「…なら、心強いや。」 泣き腫らした目と、 叫び枯れた声じゃ きっと俺の想い全ては伝わらないかもしれない。 きっと震えるし、泣くだろう。 それでももう一度、シロさんが 押してくれたから。 押し出されて、一歩足を出したから。 このまま、突っ走って ぶつかるしか、俺は全てを 壊せないから。 「あ、そうだ。これあげる」 「え…?これって…」 「街田くん好きかなー、って思って」 シロさんに渡されたのは 猫がピンクのリボンをしている ぬいぐるみのキーホルダー。 「…最高に、可愛いです」 「街田くんみたいで思わず買っちゃった」 「それはちょっと…違う気が…」 「あはは、そうだね。猫はあんな 大声で豪快に泣かないもん」 「…シロさん…いじり過ぎじゃ…」 「ごめんごめん。可愛くってつい。」 ギュッ、と強く握りしめて 胸に抱く。 「…大切にします。それで、 これ、カバンにつけます。こういうのが 好きだって、胸張れるように。 それで、俺…」 「うん、行っておいで。」 シロさんはそう言って笑い、 手を振った。 俺は深く頭を下げて、 飛び出すように店から出る。 走って、走って、 ぶつかる為だけに。

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