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8.
立つのもやっとだと言うのに
背後からは凄い勢いで
俺を追いかけて来る。
それがなんなのかは、分かっている。
誤魔化しきれないままの
俺の気持ち全部だ。
「…お前痩せたんじゃねぇの」
「え?そう?」
珍しく早起きをしてきた倉間に
ぼそり、と呟かれる。
俺は1人分の朝食をかじりながら
自分の腹を撫でた。
確かに痩せてきている。
これではダメだと必死に食べるが
胃が小さくなったのか
あまり量が入らない。
今もトースト1枚が精一杯なのだ。
「最近ゼミが忙しいからかな」
適当な嘘を吐いて笑った。
倉間は一瞬、顔を顰めたが
俺と話す気が失せたのか
とっとと自室に戻っていった。
ふぅ、とため息を吐いて
煩い心臓を叩く。
「…慣れないなぁ。」
自分を誤魔化す事が出来るようになっても
この心臓だけは素直なまま。
倉間と少しだけ会話出来るようになって
余計に煩くなる。
途端、虚無に襲われ
涙が落ちそうになった。
今日は、ゲイバーに行こう。
そう決めて飲み込んだトーストの味は
酷く苦かった。
「あれ、街田くん?久しぶりだね」
「シロさん…」
大学にいる間も人肌の事をだけ
考えていただけに、
その人物がゲイバーにいる事は
酷く残念で、
何故か、安心した。
「暫く見ない間に痩せた?」
「あはは、今朝同じ事言われました。
ダイエット中なんです」
「痩せる必要ないと思うけどなぁ」
「結構ビール腹なんですよ」
シロさんは黒い瞳をチラつかせ
俺を見る。
手首を掴まれ、目を見開くと
シロさんはにっこりと笑った。
「こんな細い腕しといてダイエット、は
あんまりじゃないかな、街田くん。」
「…えっと…」
シロさんにだけは悟られたくない。
俺を変えてくれた人。
背中を押してくれた人だ。
ガッカリさせたくなかった。
なにより、今鼻で笑われたりでもしたら
完全に壊れてしまう気がするから。
俺自身が1番、自分を哀れんでいるし、
蔑んでいるから。
だから、誰にも笑われたくない。
卑怯だな、なんて言われたくないのだ。
シロさんがそんな事言う人じゃないと
分かっていても、怖くて。
腕を握られたまま沈黙だけが息をする。
それを殴るように破ったのは
一夜だけ夜を共にした名も知らない男だった。
「おっ!街田くんじゃーん!
今夜は?相手いるの?いないんだったら
俺とどう?…ってその男が相手?」
「っ、この人は、そういうんじゃないから」
「あ、そう?じゃ今夜は…」
「今日は、そういう気分じゃない」
「ふーん。分かったよ。また誘ってね」
トン、と俺の肩を叩いて
男は店の奥へと歩いていった。
それを横目で追おうと目を動かした瞬間
息が止まってしまうくらいに、
怖い顔をしたシロさんと目が合った。
「無理に話を聞くのは好きじゃないけど
そうもいかなさそうだね。
説明、してもらおうか。街田くん。」
そう言ったシロさんの濡れた黒い瞳は
笑う事なく、
ただ綺麗な形をした唇だけが笑っていた。
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