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7.

家に帰ると倉間も、多村もいなかった。 少し安堵してすぐに眠りにつく。 次に目を覚ましたら 新しい俺になるんだ、と心で囁いて 深く眠りに落ちた。 大学で多村に会った。 俺を見るなり駆け寄って、 人気の無い場所へと腕を引かれた。 「街田、昨日の事なんだけど」 多村の目の下にはクマがある。 肌が白いからか、 それはよく目立った。 「…黙ってて、ごめん。」 「じゃあやっぱり街田の好きな人って…!」 「うん。倉間だよ。」 「っ…、」 多村が息を飲み、 悲しげに眉を下げた。 「でも、もう大丈夫なんだ。 多村と倉間、付き合ってるんだよね?」 「…ごめっ、俺知らなくて…!」 「そりゃそうだよ。俺言ってないから。 …多村は教えてくれたのに 俺は教えてなかったから。 だから多村が悪いんじゃないよ。 俺が悪い。」 笑って、俺より少し背の高い多村の 頭を撫でた。 「だからそんな顔しないでよ、多村。 幸せになって。…言うの遅くなって ごめんね。」 俺がそう言うと、多村は目に涙を浮かべ 「わかった、ありがとう」と 震えた声で言った。 今晩、多村がよく眠れるといいな。 そう思う事で腹の中に隠した痛みや黒さを 誤魔化した。 倉間に近付きたくて、 自分を変えたくて、 シロさんに変えてもらった外見は 何の意味も成さなかった。 自分の短くなった髪を触り、 平気なフリをして 苦しみを奥歯で噛み砕いた。 幸せになって、だなんて。 虫酸が走る言葉だな、と 腹の中で笑っている自分ごと、 噛み砕けたら楽なのに。 家に帰ってすぐに、倉間に話し掛ける。 前の俺なら出来なかった事を 誤魔化すと決めた俺は安易に やって退けるのだから やっぱり、これは正解だったのかもしれない。 「倉間、あのさ。」 「…あ?」 「多村から話聞いた。付き合ってんだよね」 「…それが?」 だからどうした、お前には 関係ねぇだろ、と言いたげな顔に 胸が痛まなかった訳じゃない。 寧ろズキズキと鋭く刺すように痛い。 「俺、邪魔じゃないかなぁと思って」 「は?」 「いや…いくら幼馴染と言えどさ。 多村も面白くないんじゃないかな、って。 だから俺、父さんと母さんに頼んで ここから引っ越すから。」 それは決して多村や倉間の為じゃない。 自分が見たくなかっただけだった。 この家に、多村がいる事を。 倉間と多村が寄り添う姿を。 見てしまったら誤魔化せなくなるような気がして。 「別にお前が気にする事じゃないだろ。」 「いや、気にするって。 今すぐにとはいかないと思うけど 出来るだけ説得するからさ。」 それだけだから、と言って 部屋に逃げた。 倉間は何か言いたそうだったけど 言われる前に退散した。 バクバクと心臓が鳴る。 何度も脳内で妄想した倉間との会話とは 掛け離れているというのに 寧ろ残酷な会話だというのに、 それでも俺の心臓は高々に鳴る。 呆れる程、彼の事が好きなのだと 思い知る程、胸は痛かった。 誰もいない、俺しかいない この狭い部屋の中でだけは 誤魔化す事をやめて、 俺でいたい。 ただの臆病者の俺でいたい。 それくらいは許して欲しい。 そうじゃなきゃ、2人の前で 誤魔化し続けられそうにないから。 頑張るから。 だから、まだ好きでいる事も 妬んでしまう事も許して。 この部屋から一歩でも出たらちゃんと ちゃんと、2人に害のない人間になるから。 ギュッ、とクマのキーホルダーを握り締め 息を整える。 大丈夫だ、と何度も自分の腕を摩った。 そうすれば幾分か楽になって。 楽になったら、気が緩んだのか 涙が落ちた。 止めようにも止まらない涙に 拭う手も止めて 溢れるまま、落ちるまま。 ぼんやりと天井を仰ぎ見て過ごした。 誤魔化す事を徹底的にやり出してから 困った事が幾つかある。 まず、ご飯が美味しくない。 喉を通らないのだ。 突っかかる感じが嫌で最近はゼリーばかり。 痩せやすい体質のせいで 不健康に見えないか不安だ。 それから夜になるとなんでもないのに 涙が出るようになってしまった。 オイル漏れの如くダラダラと流れる涙は 明け方になるとピタリ、と止まる。 夜、部屋にいる間だけ その涙は勝手に落ちる。 おかげで鋭い目付きは余計に鋭くなったと思う。 極め付けは、人肌を求めるようになった事。 部屋の中で自分を爆発させても 虚しくて寂しくなった時に ゲイバーに行くようになった。 多村は倉間と付き合いだしてから 一度もゲイバーには行ってない、と聞いたから 安心して行ける場所になった。 そこで声を掛けられたらホイホイついて行く。 相手を選ぶ事もせずに、ただ人肌を求めて。 名前も知らない男の人肌でも 触れただけで、酷く安心してしまうから。 随分汚れてしまったな、と思う。 けれど不思議と焦りや困惑は無かった。 昔の自分が見れば卒倒するだろう。 しかし今の俺はそういう奴だ。 シロさんに変えて貰った外見のおかげで 少しはマシに見えるのか よく声を掛けられる。 それだけが救い。 間違った使い方をしている事も こんな事をして何の為にもならない事も 自分が一番分かっていた。 それでも、そうでもしないと 崩れてしまいそうだから。 保つ為の打開策であり、 誤魔化す為の最善策だ。 これでいいんだ、と何度も言い訳をし 行為を美化していたら もう後戻りなど出来なくなっていた。 変わりたい、と強く願い 変わった俺は 想像していたものとは違い 酷く、汚く身勝手な奴に成り果てていた。

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