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だからずっと、みつめていたい
その後、湊が泣きはらした顔のまま電車には乗り辛く、二人はタクシーで湊の家まで戻った。
だが太樹は湊を部屋の前まで送ると、そのまま帰るそぶりを見せる。
湊が不思議そうに太樹を見上げた。
「入らないのか?」
「いいの?部屋入ったら俺、今度こそ抑えきかねえよ?」
ついさっきだって大勢の前であれだけ強気なラブシーンを見せつけておいて、今さら気弱な発言をする太樹に湊は少し笑った。
この期に及んでなに言ってんだ、という感じだ。
「全部やるって言っただろ」
そう言って部屋に入る。太樹も黙ってその後に続く。
部屋に入って荷物を置くと、座る間も与えず太樹は湊を引き寄せキスをした。
「水上、ちょっと待っ……」
「湊さんが煽ったんだろ、責任とってよ」
「あお……て……な……」
舌を絡められてもう言葉にならない。
太樹は息を吐く間も与えないほど激しく湊の口内を蹂躙 していく。あっという間に二人とも息が上がる。
なんとか唇を離して湊が太樹から少し離れる。
「わかったから、せめてシャワーくらい浴びさせろ」
「一緒に入るならいいよ」
「それくらい別でいいだろ」
「一瞬も待てねえし、全部くれるって言った」
太樹に引く気は全くないようだった。むしろ風呂場まで強引に湊を引っ張っていくと服を脱がしにかかる。
湊は半ば諦めてされるがままになっていた。脱がしながらも太樹のキスは止まない。単に服を脱ぐだけのことに随分と時間が掛かった。
浴室に入りシャワーを頭から浴びながら湊は壁を背に、また口の中を舌でまさぐられる。
太樹に全裸になった下半身を重ねられ、ゆるゆるとこすり合わせるように腰を遣われて湊の喉からくぐもった声が漏れた。
肉体的にも精神的にも欲望を押し付けられて湊の芯も熱くなる。
「ん……ぅ、は、ぁ……」
「湊さん、エロい」
「……どっちが、だよ。お前、がっつきすぎだろ」
「わかってる。止まんねえんだよ、だから」
太樹が湊の手を自分の中心に導く。その上から自分の手を重ねる。
「一回出してい?」
「俺のためにもそうしてくれよ」
湊も積極的に指を絡ませていく。
「やべ、湊さんに触られたら、すぐイキそう」
「いいよ、すぐイったって」
握った手を少し激しく動かす。太樹の荒くなった吐息が湊の耳元にかかる。
「みなっ……ん……くっ」
湊の肩を掴んだ手に力がこもって太樹が熱い飛沫を吐き出す。
肩で息をつきながら太樹が髪を掻き上げる。流した眼で湊を見る。
「……ちょっと落ち着いたから、いっぱい可愛がってあげる」
「そんな張り切るなよ。普通でいいよ」
「なに言ってんの。初エッチでテンション上げるなって方が、無理」
そう言う間にも太樹は大量のボディーソープを手のひらに出し、泡を山のように作り出す。
そして湊を背後から抱きながら体になすりつけていく。瞬く間に湊は泡だらけでぬるぬるになってしまう。
「なんで、そんな変態オヤジみたいなんだよ……」
それに答えず太樹が泡にまみれた湊の乳首を両方同時に摘む。その感触がむず痒くて湊は声を上げる。
「……く……っ」
太樹はそのまま後ろから湊の胸を反らせて、そこばかりを練り込むようにいじる。
「あ、あ、っ。ん………」
「変態プレイでも気持ちよさそうだけど」
「うん……んっ、すごい、気持ち、い……」
「……なにそれ……。反則じゃね!?湊さんって快 くなると素直になっちゃうの?しかも胸だけでこんなに感じんの?エロい、エロすぎ」
立て続けに太樹はそう言って片方の手を胸に残しもう一方で腿の内側をさすりあげた。湊の体が震える。
「は、ぁ……ちが……っ、お前が、触るから……」
「俺だからなの?」
「そ………だよ……ん……っ」
太樹は泡だらけの手で湊の首筋を撫で甘く口付けた。そして唇は音を立ててゆっくりと離れる。
「湊さん、壁に手ついて」
そのまま覆いかぶさり太樹は湊の後ろに指を這わせた。
「え、なん……んっ」
泡の滑りでつぷん、と簡単に指の先が入ってしまう。
「く、……っ。あ、あっ……」
「まだほんの少ししか入れてないよ。痛い?」
太樹はその指で入り口を広げるようにぐるりと回す。
「んん、っ……痛く、ない……っ」
太樹は一度指を抜くと泡をそこに集めて、湊の前をしごきながら指をさっきよりも、もう少し奥まで入れる。
いきなり同時に責め立てられて湊は堪らずに喘ぐ。
「あ……あっ、やだ、やめろ、そんな、激し……んんぅ」
奥まで入った指はさらに湊の感じる場所を探して蠢めく。
内から第一関節辺りを押すように力を入れると湊は小さな子がイヤイヤをするように首を振って反応した。
「いや、だ、太樹っ。も、だめだ……あ、あぁっ、くっ」
湊はあまりの快感に自分が無意識に太樹の名前を呼んでいる事に気づかない。太樹の目がそんな湊を愛おしそうに見つめる。
「ああ、ここがイイんだ。イキたい?湊さん?」
あやすように太樹が湊の耳元で甘く囁く。湊はコクコクと首を振った。
そんな湊から太樹は体を離すとシャワーで泡を流し始めた。
「太樹?なんで……」
突然行為を止められ、湊は太樹を見上げる。生理的な涙で目が潤んでいる。
「湊さんが悪い。そんな堪んない顔してトロトロになるから。まだイかせてやらない」
「ずる、い……」
「ベッドで、やらしい湊さんもっとよく見せて……?」
太樹は手早く自分をバスタオルで拭くと茫然自失 としている湊を丹念に拭いてやる。
湊をベッドに座らせると太樹が言った。
「なんか、塗るものある?」
それで通じたらしい湊は棚を指差す。
「薬箱」
太樹が漁ってみるとジェルタイプのハンドクリームが見つかった。他にそれらしいものは見当たらない。
太樹がそれを手に取り振り返ると湊は布団をかぶって背を向けていた。
「拗ねんなよ」
太樹が笑いながら自分の方を向かせて、キスをする。湊は少し抵抗を見せたがすぐに甘い吐息に変わる。
太樹はまた熱を持ち出した自分のものと湊のものを一緒に握って刺激した。
散々焦らされ続けている湊は堪らず、ねだるように自分から腰を動かす。
「やらしい、湊さん。すごいそそる」
実際、湊の体は非常に敏感になっていて、どこを触っても甘い声が漏れる状態だった。
太樹は体を起こし向き合って自分の上に湊を膝立てさせた。それからジェルを手にたっぷり出す。
「ちょっと、冷たいかも」
ジェルを塗りつけ、ゆっくりと指を差し入れる。
「う、う、んっ……あ……あ、っ……」
「すご……中うねってるよ」
触れていない湊の芯も汁が滴って濡れそぼっていた。
「ねえ湊さん、ここイイの?」
「う……ん……イイ……」
「素直になった湊さん、超かわいい。ね、キスしてよ」
湊は言われた通り首に腕を回してキスをする。湊の従順な態度に太樹はゾクゾクするような嗜虐心をそそられる。
愛おしいのに滅茶苦茶にしてしまいたくなる。そして縋るような許しを乞うような目をさせたい。
そんなどす黒い欲望に支配されながら太樹は後ろに入れた指を二本に増やしさらに強く押し上げた。
「あっ……あ、あ、んんっ……ぅ」
湊は体を反らせて嬌声を上げる。太樹はその乳首に口付けた。
そのまま容赦なく湊の感じる内側を擦るように撫で続ける。
「は………ぁ、太……樹」
涙の浮かんだ目で苦しそうに湊が太樹を見つめる。
「ねえ、ここに俺の欲しくねえ?湊さんが欲しいだけ、いっぱいにして欲しくない?」
クチュクチュと卑猥な音をわざと立てて湊に聞かせる。
「……なんで、そんなこと、聞くんだ……よ」
「湊さんの口から答えが聞きたいからだよ。前も言っただろ。どうする?」
「おまえ……ずるい、よ……も、欲し……もう太樹の、欲しい……っ……」
太樹は湊を押し倒して見下ろした。顔に掛かる髪をうっとおしそうに片手で掻き上げる。
「俺も、湊さんが欲しい──」
ゆっくりと腰を湊の中に沈めてゆく。
「は、ぁ……っん、う、んんっ」
「う……はあっ……すげえ、ホントに繋がってる、分かる?湊さん」
半分ほど腰を進めて太樹が息をつく。
「……分かるよ、太樹の、熱い」
太樹が眼を細めて湊の頬を撫でる。湊も顔をすりけるように手のひらに寄り添う。
「俺も全部あげる。全部、湊さんのものだから」
「……全部、くれよ。太樹……」
抵抗を感じながらも湊が太樹のものを全て飲み込んだ。
息を吐きながら太樹はゆっくり、包み込むように湊を抱きしめる。その身体を受け止めて湊が太樹の背中に腕を伸ばす。
「ッ、キツ……動いていい?苦しい?湊さん」
「はぁ……っ。平、気…うご、けよ」
体液のようにトロトロになったジェルがいやらしい音を立てて響く。
「やべ、ナカすっごい、気持ちいい。ねえ、湊さんは?」
「俺、も……すごく、い……」
「は……ぁ、もっと、湊さんをもっと感じたい──舌。出して」
「ん……」
ゆるく腰を遣いながら、太樹が命じると湊は恍惚としながら舌を差し出した。
太樹はそれを音を立てて吸い、舌の表面を合わせて舐め取るように絡める。
次第に堪らなくなってきた太樹の腰の動きが激しさを増し、強く打ち付けるように抽送を繰り返す。
湊の口からは甘い響きの喘ぎが止まらなくなっている。
「太、樹……っ、太樹ぃ……俺……」
湊が苦しい息の元、太樹の名を呼ぶ。
「ん?なに?」
「太樹が……好きだよ……生徒だった、頃から……」
「そんなの──知ってるよ。けど……いま言うの卑怯だろっ」
湊の中の太樹の熱の塊が一層、熱く固くなった。
「う──く、そっ、もう……保たねえ。イキそう」
「俺、も……っ」
「湊、俺のこと見て。一緒に、イこ」
太樹は湊を見つめたまま、手を握る。
湊も目をそらさずに太樹を見つめる。
「あ……あ、あっ。太樹、もダメ……も、イ、く……う、んんっ」
「俺も、もう無理‥‥く、ッ……」
二人同時に果て、肩で荒い息を吐く。
まだ繋がったまま、湊の額の髪を払い太樹は額にキスをした。
「ねえ、もう一回、俺のこと好きって言って」
「いやだ」
湊は太樹を見ずに即答する。
「なんで、言えよ。さっきはあんなに素直だったのに」
「さっき言ったんだから、いいだろ……それより、もう……抜けよ」
湊の中から出て行く気配のない太樹に身じろぎをするが、太樹は動かない。
「言わないなら、このままもう一回する。ダメ……やっぱ、言ってもこのままする」
すでに太樹の芯は固さを取り戻し始めている。太樹は緩慢な動作で腰を揺すった。
本気で立て続けに行為に及ぼうとする太樹に湊は抵抗した。
「む、無理。そんなに無理だから」
胸を押す湊の両手を軽々と頭の上に抑え込み、太樹が意地悪な笑みを浮かべる。
「どこが無理?」
もう湊の弱いところを抉るのに充分な熱さを持って狙うように責め立てる。
イったばかりでまだ敏感すぎるそこをまた刺激され、あっという間に湊の頭が蕩ける。
「あっ……や、めろ……っ」
「ほら、またすぐ快くなってる」
「太樹ぃ……」
「湊がこんなにセックスに弱いなら学生のとき無理矢理、犯しとけば良かった」
「バ……カ言って……んな」
「そしたら湊も、もっと早く素直になれただろ」
湊が涙の浮かんだ目で睨みつけるが、逆効果なことに気付かない。
「でも待たせた分のツケは、キッチリ払ってもらうから覚悟して──」
太樹はそう言って覆い被さり湊の唇に口付けた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「いやー。あれでお前らがくっ付くとは思わなかったわ。久住先生って結構、被虐体質?」
突然、速水に言われ湊は思わず飲んでいたビールをゴフッと吹き出してむせた。
「大丈夫?」
涙目になりながら太樹に渡されたおしぼりで口を拭う。
前回のライブから約一ヶ月後、湊はまた太樹から「観に来て」とライブに誘われた。
正直、気乗りはしなかった。
当然だ。あんな所を見られているのだから。
けれど行かないなどと言うと、壮絶に太樹は拗ねる。
……それだけならまだしも身体でものをいわせてくる。
しかも演奏している太樹は実際格好良いので見たい、という誘惑に最終的に湊は負けた。
ライブ終了後、今日はメンバーだけで打ち上げをするからと、これも強引に太樹に飲み屋に連れてこられて、この場にいる。
ギターの速水とボーカルの高木は大学生で高木は一つ上、ドラムの大橋はフリーターだという。
皆、若いのと他人事のため湊と太樹の関係には大いに寛容だ。
高木はそういう噂があったほうが女子に人気が出てバンドが売れるから、どんどん来て欲しいとまで言い放ち、計算高さを見せつけた。
そんな噂をたてられてたまるものかと湊は思う。学校に居られなくなる。
「でもすげえよな。高一の時からずっと先生追っかけて、とうとう付き合っちゃうんだもんな」
速水が太樹に向かって言った。
「高校ん時、散々からかってくれたよな。無理とか無駄とかメメタアとか」
太樹が速水に言い返す。
「メメタアは言ってねえ」
笑いながら速水が答えた。
「なんつーか一、久住先生しか見えてませんて、丸わかりの一途馬鹿だったもんな」
大橋も当時を良く覚えているらしい。一途馬鹿なら覚えていても仕方ないかと湊は心の中で思う。
「馬鹿っての言う必要ある!?」
二人から弄られ続けることに太樹がそろそろキレそうになっていた。
「先生ー、実際のとこどうなの?こいつ高校ん時は先生に手を出してないって言うけど、少しくらいは手、出されてない?おれ太樹にそんな忍耐力あるのが信じらんないんだよねー。卒業してからめっちゃ遊びまくってんの見てる……うっ」
最後の方を聞くやいなや太樹が速水に飛びついて口を押さえ付ける。
「てめえ!余計なこと言うなよ。俺は遊んだつもりなんか一度もねえっての」
矛先を向けられた湊は曖昧に笑う。
「出されてないのは本当だよ。というより、生徒にそんなことさせないよ」
「湊、すげえ堅物だったもんな。卒業式ん時、やっと一回キスしただけだよな」
「せっかく黙ってたのに言うなよ!」
あははと笑って太樹が天井を仰ぐ。
「そう言えば今日のライブだけどさ──」
笑って聞いていた高木がバンドの話を始めて話題はそのまま反省会に突入した。
タイミングを見て湊はトイレに席を立つ。
洗面台で流れる水を見ながら来週は文化祭だなとひとりごちる。
体育館で演奏していた太樹を今はライブハウスで観ている。
ずっとみていたい──湊は自然にそう思う。
付き合ってからも太樹はなにも変わらないし、変わることを怖れた湊も結局のところ変わらない。
つまりこれが落ち着くべき自然な形だったようだ。
今はなるべくしてなったと思えるこの状況が幸福だとしか思えない。
湊が戻ると太樹が顔を上げた。
「そろそろ終電だから、お開きだよ」
「分かった」
店を出て駅に向かいながら太樹が言う。
「湊んち泊まっていい?」
「いいよ」
そういえば、太樹はいつの間にか呼び捨てになった。本当にいつの間にか湊の気が付かないうちに。
湊は苗字だったり名前だったりまちまちだけれど、まだ苗字の方が割合が多い。
メンバーの皆と別れ、最寄り駅に戻ってくる。
帰り道を並びながら歩いて「太樹」と名前で呼んでみる。
そして湊が顔を上げると「なに」と言う太樹と目が合った。
「今、呼ぶ前から俺のこと見てた?」
「見てたよ」
湊は僅かに頬をゆるめた。
「学生ん時の癖かな。湊が視界に入るとつい見つめちゃうんだよ。あの時は見えた時に見とかないと居なくなったから」
目をそらさず太樹が話す。
「今そんなことしたら、見つめっぱなしになっちゃうだろ」
「そうだよ、いつだって見つめてたいよ」
湊の緩んだ表情がはっきりと笑顔になる。
「……それじゃ、俺と一緒だよ」
湊を見つめる顔が笑った。
お互いが初めて出逢った頃から違ってはいるが、変わった想いなんて何もない。
太樹にしても湊にしても。
同じ笑顔で笑いあい──そしてずっと、見つめあう。
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