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エピローグ
「良かった……」
二人は死んだものと思って、グスグスとしゃくり上げる声が響いていた樹下には、そんな子供たちの安堵の言葉が呟かれた。
リュートの音色はまだやまない。耐え切れなくなったように、五歳くらいの子供が、吟遊詩人に問いかけた。
「それから? ナージャとアレンは、どうなったの?」
「ナージャ! ナーッジャ!!」
その問いに詩人が答える前に、遠くから青年の声が近付いてきた。
「ナージャ! またやってるな。ちゃんと林檎は買ったんだろうな!」
大荷物を担いだ深いブラウンの髪の青年は、確かに詩人をナージャと呼んだ。ポカンと子供たちの口が開く。詩人は、輝くブロンドを風になびかせていた。
「ああ、アレン。五日は飛び続けられるだろう」
「ナージャと、アレン!」
興奮して叫ぶひとりの子供に、詩人は唇の前に人差し指を立て、シッと息を漏らしてそれを制した。
「内緒、だぞ」
そう言って、リュートと林檎の入った麻袋を背負う。
「じゃあな。ナージャとアレンがどうなったか知りたかったら、西の空を見ていろ。お前たちが爺さん婆さんになったら、孫に聞かせてやるといい」
「ナージャ! もう行くぞ!」
「ああ、今行く」
子供たちは、疑う事を知らない。彼らが去って行った西の空を、息を飲んで見守っていた。やがて、巨大な黄金に輝く竜が、青年を乗せて飛びたつのを見て、わっと歓声を上げる。
ちょうどそこを通りかかった老婆が、笑みを湛えてポツリと呟いた。
「あたしも、子供の頃に聞いたもんさ。まだ幸せに暮しているようだね……最後の竜ナージャと、番いのアレン……」
「お婆ちゃん、知ってるの?」
「ああ。孫が出来たら聞かせてやるといい、と言われてね」
「おんなじだ!」
その頃、夕焼けに染まる西の空では、ナージャとアレンが楽しげに話していた。
「この国に竜がいた事を、また子供たちに話してたのか?」
「ああ。命ある限り、俺は続けるぞ。とめるな」
「とめないよ。とめたって、君は聞かないだろ」
アレンは、新鮮な林檎を一口かじって笑った。
「ナージャ、林檎いる?」
「ああ」
慣れた風に、アレンはぽーんとナージャの長い首の先に林檎を投げた。上手に口で受け取り、ナージャはそれを租借する。いつもの事なのだろう。
「次は、あの山を越えようか」
「ああ。あの山の向こうに行くのは、百年ぶりだな」
アレンは、最初で最後になった初陣の時のように、暖かなナージャの黄金の背中に頬ずりをした。
「そうだな……ナージャ、その次は、竜の巣に戻らないか? カッツィのお墓参りがしたい」
「良い考えだ」
陽が沈む。だが夜目のきくナージャと、月の加護を受けたアレンには、心安らぐ時間だった。
吟遊詩人は真実を伝えて歩く為、時には辛い結末を迎える話も少なくはなかったが、ナージャが伝えるただひとつの物語は、いつもこう結んで終わるのだった。
『めでたしめでたし』
End.
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