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第1話 お別れ

1.お別れ 原田さんの家を訪ねる前に僕はもう一回二人で過ごした部屋に戻る。 玄関の戸を開けると、きつめに使った洗剤の匂いと僅かに草太の使うトワレの香りが残っている気がした。 なんで?空気も入れ替えたのに、とふと下駄箱の上を見ると洋服のフックに草太のバイク用のヘルメか掛かっていた。 草太、忘れたんだ…… 僕は自分のリュックにそれをしまうと、リビングのカーテンを無くした窓から見える川縁の景色に小さく呟く。 「 サヨナラ 」 音を立てないように扉を閉める。 ここでの二人の時が止まるようにと願いを込めて。 「 終わった? 」 背後から原田さんの声がかかる。 うん、と頷いた顔、うまく笑えてたかな…… 「 気持ちいい風吹いてるから、海に行かない?」 コンビニの袋を持ち上げて僕を誘う原田さんの顔が夕陽に染まる。 「 原田さん、顔が真っ赤 」 そう言って笑った僕の頰には何か冷たいものが流れてきた。 「 行こう 」 と手を引くその手を僕は払うことはできなかった。水ばかり使って荒れて冷え切った指に原田さんの手は暖かくて優しい。 道路を渡り砂浜に出る。階段状になったコンクリートに腰を下ろすと、原田さんが袋から出したのはキンキンに凍らしたズブロッカと、そして缶のトニックウォーター。プラスチックのカップに二つを入れて、 「 何に乾杯するか?」 「 別れにかな 」 「 なんで別れるのよ?」 「 え?」 「 今度はつまんない街に住むんだろ?俺はまた海岸ぺりに引越しだから、いつでも遊びに来いよ 」 「 ほんとに?」 「 当たり前だよ、せっかく知り合ったのに、冷たいな 」 怒った風に茶化す原田さんの気持ちがスッと僕の中に降りてくる。 「 うん、ありがとう……それでさ、原田さんの下の名前なんだっけ?」 本格的に怒った原田さんに、 「 竜也だよ!」 とヘッドロックをかけられた。 心地よい風、沈む夕陽に空は紅く染まる。 いい街だったな、ここは。 また、来るね。

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