58 / 112
第58話 後押し。
「仕方が無いなぁ。今日のところは我慢してあげる。」
『何で上から目線の言い方なんだよ。』
「ふーん。そんな強気な態度取るなら、その人が来るまで居座っちゃうからね。」
『はい?』
「初めましてー。文月の恋人の咲良でーす。彼がいつもお世話になってまーす。とか言っちゃって。」
『はぁ?下らない冗談言ってないで、さっさと帰れよ。』
「え?今、何て?」
(コイツなら本当にやり兼ねない…)
『いえ。駅まで送らせて頂きますので、朝食を召し上がったら速やかにお帰り下さい。』
「ふふっ。宜しい。でもさぁ。」
『何だよ?まだ何か有るのかよ?いや、有るんですか?』
「その人と付き合う事になったら、ちゃんと紹介してよね。」
(付き合う…か。そんな日が訪れてくれるのだろうか?好きな人が出来たらセフレは解消して友達に戻る。それはつまり…俺との未来は無いって宣言されてるに等しい。)
『そうなれたらな…』
「何よー。らしくない。文月は私が認める程の良い男よ。」
『うーん。お前に認められてもなぁ。』
「私の男を見る目は確かなんだからね。もっと自信を持ちなさいよ。その人の事好きなんでしょ?」
『ああ。』
(好きだ。どうしようもない程にアイツの事が好きだ。)
「それなら、諦めないで頑張りなさいよ。」
『そうだな…頑張ってみるか。』
(咲良の言う通りだな。 此処で諦めてしまったら、万に一つの可能性さえも消え失せてしまう。始まりが何であれ、希望を捨てるべきでは無い。例えセフレのままで終わったとしても、振り向いてもらえなかったとしても、水無月の傍に居たい。アイツを手離すなんて出来ない。)
咲良は文月の表情に強い決意を感じ、笑みが溢れた。
「よし!じゃあ、さっさと食べて、私を駅まで送って頂戴。」
『はいはい。』
「あ、お兄ちゃんと会う時には一緒に来てよね。約束したからね。」
『くくっ。お前には参るよ本当に。』
「もしかして、私に惚れちゃった?えー。どうしよう。」
『いや、それは有り得ないから。』
「ひどーい!先の事は分からないでしょ?」
『お前とは無いから安心しろ。』
「ちぇっ。でもさぁー。」
結局、この実りの無い会話が朝食を取り終えるまで繰り返され、部屋を出る頃には、文月は疲れ果てていた。
ともだちにシェアしよう!