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第60話 呼び名。

数回呼び出し音が鳴ったが、直ぐに留守番電話に繋がってしまった。電話を切り、今度は水無月の番号に掛けてみたが、周と同様に留守番電話のアナウンスの声が流れて来た。 「文月?」 『……』 「ねえ。文月ってば!」 咲良の声でハッと我に返る。 (そうだ、咲良を送るんだった。) 「顔色が悪いけど大丈夫?」 『ああ。大丈夫だ。』 「電話、もう良いの?」 『お前を送ってから、又、掛けてみるよ。シートベルト締めて。」 (そうだ。メッセージが残されていないって事は、きっと大した用じゃなかったんだろう。今だって、単に着信に気が付いていないだけなのかもしれない。) 自分にとって都合の良い理由を並べ立て、平常心を保とうとすればする程胸が騒めく。文月は無理に気持ちを切り替え、車を発進させた。咲良を駅まで送り届けて、文月は車内から再び周に電話を掛ける。 トゥルルル。トゥルルル。 『…はい。』 耳元で周の声が聞こえて来た。緊張で喉奥が強張り、中々声が出せない。 『もしもし。文月?』 『ああ…俺だけど。』 『うん。』 『あのさ、夜中に何度か電話くれたよな?』 『…うん。』 『さっき着信に気が付いて、折り返し掛けたんだけど、お前電話に出なかったから、水無月にも掛けてみたんだけど…』 『……』 沈黙が流れ、文月は息を呑んだ。 『周、聞こえてるか?』 『ああ…水無月はまだ寝てる。』 『そうか。』 (寝てるから電話に出なかっただけなんだな。良かった…) 文月は、そっと胸を撫で下ろした。 『で…何か有ったのか?』 『……』 電話越しでは有るが、周が何かを言い淀んでいる様子が伝わって来て、緊張が走る。 『…周?』 『いや…もう良いんだ。』 『もう良いって…』 (何がもう良いんだ?そう聞き返そうとするよりも先に、周が口を開いた。) 『今夜、水無月と会うんだろ?』 『え?』 (水無月が話したのか?何処まで?) 『この前一緒に飲んだ時に言ってたろ?水無月にパスタを作るって。』 『ああ、うん。お前は…』 (水無月と一緒に来るのか?) 『俺は今夜予定が入ってるから、行けない。』 『そうか。』 『お前、昨夜…』 『え?』 『いや…何でも無い。今、朝食を作ってる最中だから…』 『ああ、うん。分かった。』 『じゃあ、又な。』 『うん。又な…』 昨夜の電話は何だったのか結局分からず仕舞いのまま通話を終えてしまった。だが、もう一度周に電話を掛けて深く掘り下げて聞く事に何故か躊躇いを覚え、携帯電話を傍に置いた。 もう一つ、いつも周は水無月の事を『みー』と呼んでいるのに、先程の電話では『水無月』と呼び名が変わっていた。特に意味は無いのかも知れないが、それが妙に気に掛かった。 (いや、きっと何の気なしに言っただけだ。水無月とは、今夜会えるんだし、深く考える必要も無いだろう。) 文月は不安な気持ちを打ち消す様に自身にそう言い聞かせると、夕食の材料を買いに店へと向かった。

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