69 / 112
第69話 遠去かる足音。
洗顔を済ませて来た水無月の表情には、明るさが戻っていた。2人は部屋の掃除を済ませてから、まるで何事も無かったかの様にリビングでTVを観ながら他愛ない会話を交わした。夕方になり、出掛ける支度を始めた水無月に周が声を掛ける。
『みー、今夜は帰って来るのか?それとも…文月のマンションに泊まるのか?』
「どうかな…分からないや。」
『そっか…』
「一緒に行くか?」
『いや、文月とちゃんと話し合って来い。それに、俺も今夜は出掛ける予定が有る。』
「誰かと会うのか?こっちに来たばかりで知り合いは少ないだろ?」
『恵さんと会う。』
「恵さんって、河泉のオーナー?」
『ああ、彼のマンションで一緒に飲む約束をしてるんだ。』
「2人きりで?周から誘ったのか?」
『いや恵さんが誘ってくれた。』
「え?恵さんの方から?」
『みーは、俺が他の人と会うのがそんなに気になるのか?』
矢継ぎ早に質問を浴びせて来る水無月に周が揶揄い半分に尋ねた。
「恵さんって、自分のプライベートの空間に余り人を招き入れたりしないから、少し意外だっただけだよ。」
『そうなのか?それなら、昨日いきなりマンションに行ったのも悪かったかな。』
「昨日はスタッフとの顔合わせも兼ねてたし、それに周と話をしてる時の恵さん凄く楽しそうだったよ。今日も、彼の方から誘ってくれたんだろ?それなら、周の事を気に入ってくれたって事だ。良かったな。」
少し拗ねた口調で話す水無月を見て、口元が緩む。
『そっかぁ、俺、恵さんに気に入ってもらえたのか。』
「何にやにやしてるんだよ。気色悪いぞ。」
『みーが拗ねてる姿が可愛くてさ。』
「拗ねてなんてねーし!」
『俺にとって一番大切な友人はみーだから、ヤキモチ妬かなくても大丈夫だぞ。』
「はぁ?ヤキモチなんて妬いてねーし!俺、もう行くから!」
周は玄関口に向かう水無月の腕を慌てて掴み、背後から抱き締めた。
『水無月、ごめん。冗談が過ぎた。』
「…しょーがねーから、許してやる。」
『なあ…』
「ん?」
『もし…何か有ったら直ぐに電話を掛けて来いよ。』
「うん。ありがとう。でも、大丈夫だよ。」
『そっか…』
彼の返事聞き、抱き締めていた腕をゆっくりと解いた。
「じゃあ、俺、行くよ。」
『ああ、気を付けてな。』
玄関の扉が閉まり水無月の足音が遠去かって行く。周は暫くの間、その場から動く事が出来ずにいた…
ともだちにシェアしよう!