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第112話 勘違い。
「ジンジンは?」
「俺も同じもので」
「いつも甘いカクテルばかりなのに珍しいな。背伸びしたいお年頃ってやつか」
「俺、もう社会人なんですけどーー」
そういや、甚大はいつも甘いのばかり飲んでる。俺に気を遣って合わせてくれたのか?
「洒落たカクテルでも注文すれば良かったかな」
「へ? 何でですか?」
「だってお前、いつもハイボールなんて飲まないだろ」
「ああ、それは緊張を解そうと……」
「緊張って?」
文月が甚大へそっと耳打ちしている最中、二人の会話が聞こえてしまった黒木が笑いを堪えている。
「どうぞ」
「ありがとうございます……」
やはり、ハイボールじゃ無難過ぎたか。きまりが悪そうにハイボールを口に含んだ文月に、黒木が穏やかな眼差しを向けてくる。
「勘違いさせてしまったならすみません。気取らなくて素敵な方だなぁと思っただけなんです」
「俺がですか?」
「ええ。初来店されて通ぶるお客様も少なくないんですよ。ましてや、お名前まで名乗って挨拶をしてくださる方は稀です」
「バーに余り馴染みが無くて良く分からなかっただけなんです。それに、いきなりお任せって言われても初対面の客の好みなんて分からないし、困りません?」
「そうなんですよ。ですが、初来店でカウンターのど真ん中に座り、バーテンダーさんってお客さんの顔見ただけで好みが分かるんでしょ? 俺が好きそうなカクテル作ってよ。なんて阿呆な事仰るお客様も中には……」
黒木はそこで言葉を切り、にこやかな笑顔で甚大に視線を移す。
「阿呆な客ですいませんでしたぁ」
「自覚は有るんだな」
「昔の事だろ」
「冗談なんだから、不貞腐れるなよ」
「これ以上余計な話をしないでよ」
「ジンジンの恋路を邪魔したりなんてしないよ。破局にでもなったら困るしな」
「ちょっ! 何言ってんの!」
「何って…… 彼、ジンジンの恋人だろ?」
「違うよ!」
きょとんとした表情の黒木と、慌てふためく甚大を交互に見つめる文月。二人の会話の意味が理解出来ない。
「あの……甚太と俺は同じ会社に勤めてて、彼は後輩なんです」
「えっ?!」
「そうだよ! 文月君は恋人じゃなくて、俺の指導係なの!」
黒木の表情が驚きに変わり、甚太は頭を抱え込んだ。この現状に文月は困惑する。
「ジンジンごめん……俺はてっきり……」
暫しの沈黙の後、甚大が顔を上げた
「弦(げん)君は悪くないよ。俺が先にちゃんと紹介しなかったのがいけなかったんだ」
「けど、会社の同僚なんだろ?マズかったよな」
「どのみち、今夜俺から話すつもりだったし、隠すつもりなら初めから此処に連れて来たりしていないよ。だから気にしないで」
「だけど……」
先程の動揺ぶりからして、甚大は彼に話す事を躊躇っていたに違いない。俺が口を滑らさなければ避けられた事態だ。黒木は己の軽率な言動に心の中で舌打ちする。
「本当に大丈夫だから。悪いけど、少し二人にさせてもらえる?」
迷いが吹っ切れた表情を見せる甚大に黒木も頷くしかない。
「分かった。カウンターだと他のお客様も来るし、奥のテーブル席に移動するか?」
「うん」
「三谷さん、テーブル席に移って頂いても宜しいですか?」
「はい」
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