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第111話 甚大行きつけの店。
「店に入ろうかなって……そっちこそ何やってんの?」
「俺?見ての通りマスターに買い出し頼まれたんだよ」
「あの人、客使いが荒いよね」
甚大の知り合いか、ジンジンって呼ばれてるんだな。この声聞いた事があるような……
ちらりと視線を向けたが、紙袋が邪魔をして顔が見えない。
「だよなーー。ジンジン飲みに来たんだろ?俺、手が塞がってるから扉を開けてくれよ」
「う、うん」
扉を開くとキィ……と軋んだ音が鳴り、紙袋を抱えた男は、そのまま厨房へと消えていった。文月も彼に続き店内へ入ろとしたが、甚大が入り口に突っ立ったまま、二の足を踏んでいる。
何をそんなに躊躇っているのだろう。
ああ、さっき甚大が言っていたな。店に入るだけなのによほどの事なのか?俺の一言で、こいつが安心するのなら……
「お前の事、嫌いになんてならないよ」
「ふぇ?」
「約束する」
「ちょっ!犬じゃないんだから」
髪をワシャワシャと撫でると、甚大は口をとがらして抗議をしていたが、その表情からは安堵の色が感じ取れた。
「くくっ、悪い悪い、入ろうぜ」
文月は彼の手を引き、半ば強引に店へと入って行く。店内は木材を基調とした内装で、目新しくは無いが一見でも入りやすい落ち着いた雰囲気をしていた。カウンター六席にテーブル席が四席、さほど広くは無い空間だが隣客席間の適度な距離も保たれており、店の経営者が来店してくれた客に居心地の良い時間を提供する事に重きを置いているのが分かる。
「良い感じの店だな」
「そう……ですね……」
「ジンジン、いらっしゃい。お連れの方は初めてだよね」
そわそわと落ち着かない様子の甚大にカウンター内から声が掛かる。恐らく彼がこの店のマスターなのだろう。
「初めまして、黒木と申します」
「あ、初めまして、三谷です」
ペコリと頭を下げると意外そうな顔をされた。
「此方にどうぞ」
黒木に促され甚大と文月はカウンター席に腰を下ろした。椅子の座り心地も中々良い。
「何をお飲みになりますか?」
「少し飲んで来たので、サッパリした飲みものが良いな。ハイボールをお願いします」
「ベースのウィスキーはどれになさいますか?」
「左から二番目のウィスキーで」
「かしこまりました」
間接照明に照らされているバックバーから文月がオーソドックスなウィスキーを選ぶと、マスターの口元と目尻が僅かに下がる。
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