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第110話 躊躇い。
レンガ造りのモダンな外壁にオーク材の重厚な扉、上部の壁面から浮かび上がっているのは『rest』という文字。両隣りの店が派手目の装飾だという事もあり、文月にはこの店のクラシカルな雰囲気が一層際立って見えた。
「此処が甚大の行きつけか」
「はい……」
返事をしたきり俯く甚大、此処まで来て躊躇うなんてらしくないと思いつつもやはり文月の反応が気になり脚が竦んでしまう。
「どうした?入らないのか?」
「あのですね……思いもよらぬ運びとなり躊躇いを禁じ得ないと申しますか……店に入られる前に申し上げるべきかと思案中でございまして……あ、お客様の中には女性の方もいらっしゃいますので、問題が無いと言えば無いのですが……」
「その丁寧過ぎる口調は何だよ?普通にしゃべれ、普通に」
「あ、ああ、そうですよね。何かテンパっちゃって変な日本語使っちゃった」
「いや、正しい日本語だけど……いつも俺はお前の友達かよ?って突っ込みたくなるぐらい馴れ馴れしいのに、急にそんな口調で話されたら引くだろ普通」
引く……此処で俺がカミングアウトしたと仮定しよう。おっ!甚太お前もそうだったのか?俺たち仲間じゃーーん! とかって展開になれば良いけど、文月君がノンケだったら引くどころの話じゃないよな。毎日仕事で顔を突き合わせるわけだし、もし嫌われでもしたら俺のナイーブな心が凹む率千パーセント超えしてしまうのは明白だ……なら答えは一つ、危ない橋は渡らないに限る。
「……やっぱり別の店にしましょう」
『は?店の前まで来たのに?』
「だって店に入ったら、文月君が俺の事嫌いになっちゃうかも知れないし、それは避けたいっつーか」
「店に入るだけで何でそうなるのかさっぱり分からないけど、俺がお前を嫌いになるとかあり得ないだろ。」
気が変わらないって保証は無いし、気休めに過ぎないと分かってはいるけど、文月君の口から聞いておきたい。
「……本当に嫌いにならない?約束してくれる?」
甚太の心細げな表情に文月の胸はそわそわし始める。何故彼がこんな事を言い出したのかは分からないが生返事をしてはいけない気がした。
「甚太、それってどういう……」
「聞き慣れた声がすると思ったらジンジンか、店の前で何やってんの?」
文月が最後まで訊ね終えない内に甚大が紙袋を抱えた男に声を掛けられ、二人の会話は中断されてしまった。
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