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第109話 早まった。
甚太が行き先を告げると、運転手がバックミラー越しにチラリと此方に視線を向けてきた。侮蔑が込められた視線に文月は不快感を露わにする。
「何ですか?」
「…何でも有りません。」
何でも無いって目じゃなかったぞ。
走り出してから数十分、大通りより少し奥まった場所でタクシーが停まった。礼の一つも言わずに走り去って行く車を呆然と見送る文月の隣りで甚大がぽつりと呟く。
「もう少し先で降ろして欲しかったなぁ。」
目的地よりも手前で停められたって事か。さっきの視線といい、感じが悪い運転手だったな。次回からはあのタクシー会社を利用しないようにしよう。
「まぁ、良いか。文月君、行きましょう。」
「ああ。」
甚太は余り気にしてないみたいだ。何だか俺の方がガキっぽい。
大人気ない自分に気恥ずかしさ感じ、別の話題を探そうと辺りを見回した文月だったが、予想外の光景に出くわし足が止まる。
すれ違った男性二人が、人目もはばからずに抱き合いキスを交わしていた。
「文月君、どうしたの?」
「いや、別に…」
文月の表情から戸惑いを察し、甚大が苦笑する。
「BARに行くだけっす。ハッテン場に連れ込んだりしませんよ。」
「ハッテン場って何?」
「え?そっちを心配したんじゃないんですか?俺はてっきり…じゃあ、何で複雑そうな顔してるんですか?」
「今すれ違った二人がさ、男同士なのに妙に距離感近いっていうか…」
「ああ、キスしてましたね。」
しれっと答える甚太に驚く文月。
「公共の場で男同士がキ、キスしてたんだぞ?」
「え?もしかして、文月君、この通りを訪れたの初めて?」
コクリと頷く文月に、今度は甚太が驚く番だった。当惑しながらも彼の言動を頭の中で整理し始める。
え〜っと、文月君は此処に来たのが初めてで、ハッテン場も知らない。って事は、すれ違った人達がゲイだってのも当然気が付いて無い訳で…う〜ん。早まったかなぁ。
「何をそんなに難しい顔してるんだ?」
「あー。ちょっと驚いたけど、大丈夫っす。」
「は?」
此処まで連れて来ちまったし、今更、帰るとか言えねぇな。なるようになれだ。
「店、すぐ其処なんで。」
「ああ、、うん。」
微妙な空気のまま歩く事数分、二人は甚太の行きつけの店に辿り着いた。
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