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佐藤くんの進路 2(side:斉藤先生)
「あ、僕は卒業後は作家活動をメインにやっていくつもりなんで就職活動はやってません。
けど、実はちょっと進路で迷ってることがあって……。
斉藤先生、相談に乗ってもらえませんか?」
「うん、もちろんいいよ」
「ありがとうございます。
僕、作家だけでは生活できるだけの収入がないので、長野の実家に帰って農業を手伝いながら書くつもりでいたんです。
けど、この前スマホゲームのテキストをやらせてもらった時に知り合った人が、東京に出てくるならゲームのシナリオの仕事を紹介するって言ってくれたので、ちょっと迷ってて……。
ゲームの仕事はちょっとやっただけですけど、面白かったからもっとやってみたい気持ちはあるんです。
でも長野で農業やりながらだと小説だけで手一杯だと思うし、それにゲームの仕事は打ち合わせとかしやすいから東京に住んでた方が有利らしいんですけど、でも東京に住むとなると家賃とか生活費が厳しそうで……」
佐藤くんの悩みは要するに長野に帰るか東京に出てくるかということだ。
俺は東京出身だから気にしたことはないが、地方出身者には深刻な悩みだろう。
「ご両親はなんて言ってるの?」
「両親は僕の好きにしていいって言ってくれています。
実家は一応農業法人になってるので、帰ってきて繁忙期にきっちり仕事するなら、給料は安いけど社員扱いで健康保険と年金は面倒みてくれるそうです」
「そうすると、実家に帰った方が生活は安定するよね」
「はい、そうなんですけど……」
「けど、本心では東京に出たい?」
「はい。
金銭的な問題がなければ、東京に出て挑戦してみたいっていうのが本音です」
はっきり言って今の時代、ラノベ作家が印税だけで食べていくのは難しい。
俺もラノベのメディアミックスと恋愛小説の映画化があったからそれなりの収入があるが、新人の佐藤くんは小説だけでは食べていけないだろうし、ゲームのシナリオにしてもどれだけ仕事がもらえるかは未知数だ。
佐藤くんより10歳以上年上の俺としては、大人として『長野に帰って生活を安定させた上で作家活動した方がいい』とアドバイスしてあげるべきだろう。
けれども実際に俺の口から出たのは、こんな言葉だった。
「東京に出て、自分のやりたいことをやってみた方がいいと思うな。
年をとってからやろうとしても難しいことも多いから、挑戦するんだったら若い今のうちにやってみた方がいい」
佐藤くんは俺の言葉に真剣な表情でうなずいている。
それはそうだろう。俺の言葉は今の佐藤くんが欲しいと思っている言葉なのだから。
だけど、ごめん。
俺は君のためじゃなくて、自分の下心のために、その言葉を口にしたのだ。
「金銭的な面で厳しいんだったら、俺の家でルームシェアするのはどうかな?
家賃がおさえられれば、生活費はかなり楽になるから」
……言ってしまった!
かっこつけてルームシェアとか言っているが、俺の頭には浮かんでいるのは『同棲』の二文字だ。
もし佐藤くんが俺の家に住んでくれたら、欲望の暴走を抑えるのは大変そうだけど、毎日の生活がバラ色になるのは間違いない。
「えっ、それは確かに僕はそうさせてもらえればありがたいですけど、迷惑じゃありませんか?」
「いや、全然迷惑じゃないよ。
部屋は物置きにしている部屋を空けたらいいだけだし、佐藤くんと一緒に住めたら僕も楽しいね。
あ、そうだ、申し訳ないと思ってくれるんだったら、事務作業を手伝ってくれるとありがたいな。
郵便物が多いから、いつも開封だけでも誰かやってくれないかなと思ってたんだよね」
佐藤くんの遠慮する気持ちを薄れさせようと、俺は次々とたたみかける。
「……それじゃあ、お言葉に甘えてお願いできますか?
あ、正式なお願いは一応両親とかにも相談してからになりますけど」
「うん、それはもちろん。
あ、もしご両親が心配されるようだったら、俺からも電話でごあいさつさせてもらうから言ってね」
「あ、はい、もしそうなったらお願いします。
……斉藤先生、ありがとうございます。
先生のおかげで、最近ずっと悩んでたことが解決しました」
「それはよかった。
でも、まだまだこれからだからね?
卒業して東京に出てきてからが、佐藤くんの作家活動の本番なんだから」
「はいっ! 僕、がんばります!」
希望に満ちあふれた表情で宣言する佐藤くんを見ながら、俺は若干の後ろめたさを覚える。
大丈夫。
下心はあるにしても、俺が近くにいたら佐藤くんが作家として成功するためにアドバイスできることもあるし、もし万が一作家として食っていけなかったら、責任取って俺が嫁にもらえばいいんだし……!
後半ありえない妄想かつ佐藤くんに対して相当失礼なことを考えてしまったことを反省しつつ、俺は佐藤くんを応援していくことを心に誓った。
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