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同居生活(side:佐藤くん)

 2月になって卒業できる見通しが立ったので、卒業式を待たずに東京の斉藤先生のマンションに引っ越した。  斉藤先生はルームシェアと言っていたが、先生のマンションは賃貸ではなく分譲だったので、下宿という方が正確だろう。  僕は玄関近くの6畳の洋室を借りているのだが、斉藤先生に払っている家賃は付近のワンルーム賃貸の相場に比べてかなり安い。  斉藤先生は「厳しかったら家賃は出世払いでもいいよ」と言ってくれたが、さすがにそれは申し訳ないので毎月きちんと払っている。  まだまだ執筆活動だけで生活するのは無理だが、東京は短期のアルバイトもたくさんあって生活費を稼ぎやすいので、今のところ生活に困るようなことはない。  アルバイトでは色んな経験ができるので、小説に生かすこともできて一石二鳥だ。  斉藤先生の家に下宿させてもらうのは、金銭面以外にも僕にとってプラスになることが多い。  家事は2人で分担しているので1人暮らしの時より負担が減ったし、斉藤先生は小説のことだけではなく契約や税金のことでもアドバイスをくれるし、斉藤先生宛てに届く献本を読ませてもらえるのもありがたい。  それに何より、単純に斉藤先生との同居生活は楽しいのだ。  2人とも自宅で仕事をしているのでそれぞれ自室にこもっている時間が長いが、それでも食事は一緒に取ることが多いのでその時にたくさん話をするし、余裕がある時には2人でリビングでゲームしたりもする。 「うちにこもってばかりじゃだめだよ」と斉藤先生に連れ出され、2人で近くの公園やカフェまで散歩に行くこともある。  料理も分担しているが、斉藤先生の料理は簡単なのにおしゃれでおいしいものが多く、僕が母から教わった地味な家庭料理とは全然違うので、時々は一緒に台所に立って作り方を教えてもらっている。  ルームシェアをしていると生活のリズムや生活習慣の違いで揉めることもあるようだが、幸い僕たちはそういうこともなく仲良くやっていけている。  この同居生活では僕だけがすごく得をしてるので申し訳なく思うこともあるが、斉藤先生は「佐藤くんとルームシェアしてよかった」と言ってくれているので、斉藤先生にも多少はプラスになっているのだろう。  東京に出てきたことでゲームの仕事もいくつかもらえたし、執筆に集中できる環境を得たことで小説の読者も増えていて、作家活動の方も順調だ。  こうして自宅に下宿させてくれ、そして大学4年の時に進路に悩んでいた僕に「東京に出た方がいい」とアドバイスしてくれた斉藤先生に、僕はすごく感謝している。

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