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第1章 ミーツ!(4)

午前中の授業を久遠くんの髪を眺めながらぼんやりと受けて、お昼の時間になって学食に行く。学食はいつも混んでいた。大体いつも、雫が席を取ってくれている。久遠くんは一匹狼なので、誘っても屋上に食べに行ってしまう。弁当男子らしい。素敵。 「流、ここここ」 俺が周りを探していると、聞きなれた声がして顔を上げる。案の定、雫が片手を挙げて待っていてくれた。俺も手を挙げ返し、雫が待つ席の方へ行く。 どん! その時、胸元に衝撃を受けて視線を下げる。あ、なんか熱い。嫌な予感がしつつ下を見ると、床に尻餅をついた少年と、床に散乱したAセットの中身、そして俺のズボンには味噌汁の染み……。 「だ、大丈夫ですか!?」 高い声の持ち主を見下ろすと、どこかで見た顔だった。栗色の髪、大きな目、小振りの鼻……ああ、これが噂の、転入生。学食の真ん中で、食器が散乱した現状と、噂の中心になっている人物の登場に、周囲はざわざわと騒がしくなる。 「いや、俺はだいじょーぶだけど……君の方が大変じゃない、ご飯なくなっちゃったじゃん」 ポケットを探ると、ちょっと怪しい広告の入ったポケットティッシュが出てきた。それでとりあえず、床を拭く。さりげなく濡れたズボンも拭くと、転入生らしい少年は、顔を赤らめた。 「そんな……俺は大丈夫です。……ええと、これ、使ってくださいっ」 「ありがとー」 「は、はい……!」 転入生からもティッシュをもらい、床に散らばったサラダやらご飯やらを拭く。結構派手にぶつかってしまった。お椀をトレイに戻して、転入生を見る。 「多分ね、おばちゃんに落としちゃったーって言って可愛く謝れば、もう一回作ってもらえると思うよ」 はい、とトレイごと転入生に差し出すと、彼は赤い顔のまま頷いた。そりゃあ、これだけ派手に転んだら、恥ずかしいよねえ……。 「ありがとうございます……!あの、名前……」 「俺ぇ? 二年の鈴宮流、だよ。転入生くん」 笑いかけて、つい頭を撫でた。悪い癖だとよく言われるけど、小さい子の頭はよしよしってしたくなる。彼は耳まで真っ赤に染めて、頭を下げるとトレイを持っておばちゃんのところへ行った。よしよし、ズボンがびしょびしょだ。 「早速フラグ立てるとか、やるなあ」 「何それ、ただの事故でしょ」 「いやいや、転入したばかりで不安な転入生からしたら、お前は王子様に見えたんじゃねーかな」 「ズボンが味噌汁くさい王子様とか、ちょーヤダよね」 「仕方ねーな、良いもん見せてもらったから買ってきてやるよ。何がいい?」 「ありがと雫くん、唐揚げ定食ー」 「はいはい」 お金を渡して、リクエストする。買ってもらう間、俺はおしぼりでずっとズボンを拭いていた。クリーニングは面倒だなあ。 ぼんやりと考えていると、またざわめきが聞こえる。これはいつものざわめきだ、生徒会長こと各務総一郎が、学食入りした定番の騒ぎ。あれ、でもちょっといつもと違う。会長の仏頂面が更に不機嫌そうなものになっていて、その視線の先にはさっきの転入生、そして学園でも一割以下しかいないと言われる低俗な不良くん(久遠くんはカウントしない、だって彼は低俗じゃない)。不良くんが、会長に因縁をつける。やるなあ。会長が不良くんを睨んで、その間に転入生が割って入った。 「やめて! 俺のために争わないでー、みたいな?」 「なんかそれに近いことになってたぞ」 「あ、ありがと。早かったね」  独り言に反応されて顔を上げると、唐揚げ定食を買ってくれた雫の姿がある。ありがたく頂いて、手を合わせた。ちなみに雫は、Aセットだ。 「ていうか何、どういう状況なわけ」 「八割方お前のせいだな」 「何故俺」 「お前が、おばちゃんに言ったら代わりがもらえるかもとか言ってたろ?」  雫の話によると、素直な転入生はそのまま空いた食器を持って普通の列に並んだそうだ。そこで不良くんが親切に、「食い終わった食器は向こうだぜ」と教えてあげたのに、何故か転入生は対抗した。「俺は食器を落としただけで、食べ終わってなんかない!」と。「はあ?」不良くんが普段の癖で凄むと、転入生はウルウルしだして、ちょうどそこに会長が通りかかって「お前ら何してんだ」と声をかけたというわけだ。うーん、意味がわかんない。 「確かに王道的展開ではあるが、無理矢理感が否めねー」 「じゃああそこにいる会長は、凄んでるんじゃなくて、戸惑ってる会長? それはそれで面白いかもー」 「お前な……あ、動き出した」 ちらりと見ると、会長は溜め息を吐いて肩を竦めていた。転入生は頬を染めて会長に礼を言い、不良くんたちは不服そうな顔をしている。よくわかんないけど、平和的解決をしたらしい。よかったよかった、唐揚げも美味い。 「ここ、いいか?」 不意に低い声が響いたかと思ったら、今の今まで噂していた会長だった。心なしか疲れている。 「どーぞどーぞ」 会長と何の接点もない雫が、張り切って席を勧めた。俺の隣に、会長が腰を下ろす。 「何か疲れてないー?」 「気のせいだろ」 告げる会長は心持ちかげっそりとしていた。 「あの転入生……強者だぞ」 「ツワモノ?」 「ああ……問題を起こしてくれないと良いが」 溜め息を吐く会長は、真面目そのものである。責任感の塊で、会長に就任したからには、と生徒のことを第一に考えて行動している。ちゃらんぽらんな俺とは、本当に対照的。 「だいじょぶでしょ、接点ないし」 「だと良いがな」 口を挟んでくるかと思った雫は、ただ含み笑いをしてこちらを見ていた。うーん、気持ち悪い。  昼食を食べ終える頃には、味噌汁の被害を被ったズボンも、何とか生乾き状態まで回復していた。

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