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第1章 ミーツ!(5)

 心地よい日向に当てられてうつらうつらと船をこきながら午後の授業を終え、久遠くんに挨拶をしてから生徒会室へ向かう。これもすっかり日常になってしまっていて、なんとも複雑な気持ち。あーあ、少し前の俺は、このままささっと学校の外に出て、可愛い女の子を物色してたのにい。少し懐かしい気持ちになりながら窓の外を切なげに見つめていると、ぶるるとブレザーの中で携帯が震える。 『今日の生徒会室、実況よろ^^』  雫からの煩悩塗れのメールだ。ぱたりと携帯の蓋を閉じて、スルーすることにした。  生徒会室は、最上階である四階の西側に存在する。階段を上がっていくのが面倒だ。少し猫背気味に歩いて、一年の教室の前を通る。そうするとかわいい子猫ちゃんたちが、俺を見て顔を赤く染め、ひそひそと何やら囁いている。あーあ、ついてなければ手ェ出してたなあ。 「あっ、あの……鈴宮先輩」 「はあーい?」  そんな不埒なことをぼんやりと思っていると、かわいらしい子猫ちゃんのうちの一人が、勇気を振り絞った体で声をかけてきた。俺の肩ほどまでしかない小柄な身体、黒髪のさらさらストレートヘア、大き目の制服の裾から覗くちょこんとした指。この子自体にファンクラブがあるんじゃなかろうかというくらい、かわいい子だった。 「せ、先輩……、転入生に心奪われたって噂、本当ですか?!」 「へ?」  一大決心のように勢いよく問われた言葉の意味が、一瞬で理解することができなかった。何言ってんのこの子。 「ちょっと意味がよくわからないんだけど」 「が、学食で、何か話してたじゃないですか」 「ああ、あれはね、ズボンが味噌汁まみれになってただけだよ」  状況を説明するが、掻い摘みすぎたかもしれない。かわいい少年は顔を真っ赤にして、「ほんとに?」と首をかしげた。 「ほんとに」 「よ、よかった……いろんな人が、彼の魅力にメロメロになってるっていう話を聞くから……」 「何それどーゆーこと……」  あんまり、詳しくは聞きたくない。 「次から次に、心奪われちゃうみたいですよ。噂だと、椎葉副会長も……」 「えええ、あの、女王様が? な、ないでしょ、ないない」  毒舌女王様な副会長は、噂によるとガチムチ男子が大好物らしい。自分を襲うつもりで寄ってくるイカつい男子を、ぺろりと食べちゃうのが趣味だ、というのを聞いて、本気で怖くなって距離を置いたことがある。赤みかかった長めの茶髪はパーマ掛かり、きれいめ系美少年という姿の先輩だから、余計におそろしかった。人は見た目じゃないのだということを、身をもって教えてくれた先輩である。そんな先輩が、あの、転入生に? 俺は全力で否定した。 「真偽は、僕もわからないんですが……鈴宮先輩は、違いますよね? 先輩は永遠のフリーマン、僕たちの永遠の、王子様ですよね!」 「いや、だから俺がすきなのは、おんなの……」 「それじゃあ先輩、ありがとうございました!」  きらきらとした純真無垢な笑顔で、永遠のフリーマン呼ばわりとは、なかなか肝が据わっている。……ていうか俺、そんなふうに思われてたのね……。女の子が大好きという主張は、聞き入れてもらえなかった。残念すぎる。  無駄にダメージを受けた心を引きずって、生徒会室の前に来て、足を止める。人だかりができていた。生徒会室なんて、普段は役員すら寄り付かない場所なのに。俺だって、仕事がなきゃ来たくない。  ひょい、と頭を近づけて覗いてみると、人だかりの正体は、なんてことない。生徒会役員の面々だった。会長が生徒会室の扉の前に立ち、他の面々がそれを取り囲むようにして立っている。その中心には……あ、転入生。 「遅いぞ鈴宮」 「え、あ、はい、すんません」  お取込み中だったはずなのに、会長が後ろの俺に気が付いて声をかけた。とりあえず謝ると、周りの視線が集中する。うわあやめて、そーゆーの苦手です。 「ていうか何、どーゆー状況すかこれ」 「バカガミがね、部外者立ち入り禁止だって煩いワケ」  腕を組み、大きくため息を吐きながら言うのは、女王様こと椎葉副会長だ。肩まであるうねった髪を指先にくるくる巻き付けながら、棘のある口調で告げる。 「当たり前のことを言ってるだけだろーが。規則だ規則」  会長の言ってることは、至極尤もだ。え、なに、たったそれだけのことで揉めてんの。暇だなあみんな、なんて思っていると、副会長の後ろにいる転入生が、泣きそうな顔で笑った。 「いいんです、俺のことは気にしないでください」 「ああ、こんなに瞳を潤ませて……」 「大丈夫だよ、ボクたちが守ってあげるからね」  双子は相変わらずうざい。きらきらしながら転入生を取り囲んでいる。平良は困ったようにおろおろと、転入生と会長を見ているだけだ。 「ちゅーかなんで生徒会室に入んなきゃいけないの」  対立状態にある会長と副会長を遮って問いを投げかけると、また視線が集まる。だからやめてってば。 「転入生が、興味があると言ってるんだよ。どうして入れちゃいけないの?」 「いやいやいや、規則は守んなきゃでしょ。個人情報とかもあるし、用がない限り部外者は……」 「もういい、鈴宮」  俺が珍しくマトモな反論を副会長にしているのを、会長が遮った。表情には呆れが滲んでいる。 「そんなに入りたいなら入れば良い」  会長が顎で入室を促すと、転入生の顔がぱっと明るくなった。双子も安堵したように胸を撫でおろしている。副会長だけ、顔が険しい。 「但し、俺らは別の場所で仕事をする。来い、鈴宮」 「は? いや、書類がないと」 「持って来い。十秒やる」 「十秒ってどゆこと」 「じゅーう」 「来る来る持って来ますちょっと待って」  人間、急かされるとやらなきゃいけない気になるらしい。役員たちを掻き分けて生徒会室に入り、慌てて書類の山を抱きかかえた。ペンケースと印鑑と電卓をもって、戻ってくる。どうやら十秒コールに間に合ったらしい。 「よし、行くぞ」 「はい、って、どこに?」 「いいから来い」 「は、はい」  俺の疑問は総スルーですか。センター分けの前髪から覗く眉間の皺が深く刻まれているのに気づき、逆らわないことにする。こうなった会長は、怖いんだ。 「あ、あの!」  会長に促されて、どこぞへ向かおうとした進路を、転入生に阻まれる。 「すみません。あの、何か俺にできることがあれば、手伝います」 「手前ェ、今の状況わかってんのか」 「わああ待って会長待ってストップ! だ、だいじょぶだよ。だいじょぶだから、ええと、生徒会室含めて色々見学したらどーかな」  周りの人たちが、どーしても案内したそーな顔で彼を見てるし。ぶちギレそうになった会長を慌てて制して提案すると、「もちろん」「大歓迎だよ」なんて双子がキラキラしながら言っている。副会長は「ふん」と鼻を鳴らして、転入生の肩を抱きながら生徒会室に入って行った。  ――次から次に、心奪われちゃうみたいですよ。噂だと、椎葉副会長も……  名も知らない後輩くんの声が、脳裏を過ぎった。  噂はどうやら、本当のようだ。

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