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第1章 ミーツ!(8)
今日も雫に起こされて(何故かいつもよりも手荒だった)、ぼんやりとした頭で朝食を食べ、そのままたらたらと校舎に向かって歩く。気疲れのせいか、ゆっくり寝たはずなのに寝起きの爽快感がどこにもなかった。俺のどんよりとした気分とは裏腹に、今日も天気が良い。雲ひとつない青空が広がっていて、小さくため息を吐いた。
ふ、と、目の前を過ぎる影に顔を上げる。あの大きな影は、会長だ。思わず立ち止まって見守ると、校舎裏の方に消えて行った。
別に、スルーしてこのまま自分の教室に戻っても良い。というか、そうするのが当たり前だ。だけど、好奇心という名の野次馬根性に抗えず、こっそりと校舎裏に向かう。
校舎の影に隠れてちらりと顔を出すと、会長の後ろ姿が見えた。その向こうに、ひとつの人影がある。
「で、何の用だ」
会長の低い声が、人気のない校舎裏に響く。
「昨日は、すみませんでした」
あ、転入生の声。会長が威圧しているのか、ちょっと震えている。会長は、少し離れた俺の方まで聞こえるくらいの舌打ちをした。
「別に、お前の所為じゃねえだろ」
「でも……あの、椎葉さんたちは、俺を思ってくれただけなんです。だから、悪く思わないでください」
「はあ?」
「俺のせいで、みんなが険悪になるのがいやで……」
「お前のせいでっつーか、……別に気にしてねえよ」
会長は何か言いたそうだったが、口を閉じるとそう言ってため息を吐く。ポケットに手を突っ込んでやや猫背がちなその後ろ姿は、とてもじゃないが生徒会長には見えなかった。ワルだ。
不意に、会長がこちらを見る。ヤバい。俺はさっと校舎の影に身を隠した。別にバレても問題はないけれども、盗み見なんてカッコ悪い。
「生徒会なんざ関わっても碌なことにならねえ。迷惑だと思うんなら、関わらないことだな」
あ、会長カッコいい。
きっぱりそれだけ言うと、会長はそこを後にして――。
「で、手前ェは何やってんだ鈴宮」
俺の首根っこを掴んできた。うわ、バレバレ。
「いや、あの、たまたま、ここにいただけでえー」
「言い訳すんならもっと頭使え」
「会長がー告白でもされてたらどうしようかと思ってえー」
「アホ」
「っだ!」
思いっきり殴られた。くそう、よく見るかわいいギャルの真似はこの堅物には通用しなかった。涙目で頭を擦ると、会長の呆れ顔が見えた。
「授業始まるぞ。……何も心配しなくていい」
「へ、……うわ」
会長が目を逸らしてぼそりと囁いて、不意にくしゃりと髪を撫でられた。五センチくらいしか違わないのに、会長はよく俺の頭を撫でたがる。子ども扱いされてるようであんまりうれしくはないし、男に撫でられる趣味もないけれど、今回はおとなしくそれを受け入れた。
「別に心配なんてしてないっす」
「じゃあ、こそこそ盗み見るような真似はやめるんだな」
「はーい」
よいこの返事をして、俺は会長と並んで校舎の中に入った。
複雑そうな視線が向けられていたのには、気が付かなかった。
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