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第1章 ミーツ!(13)

 会長と二人、並んで生徒会室を出ると同時に、ぱしゃりと音がして眩い光が一瞬だけ辺りを包んだ。思わず目を覆う。何度か繰り返してぱしゃりぱしゃりと音がして、光は止んだ。目がちかちかする。腕を下ろして瞳を細めると、会長の背中が見える。俺の一歩前に、立っているようだ。 「何の真似だ、……波多野」  会長の低い声が、俺たち以外誰もいない廊下に響く。これは怒っているときの声だ。ちらりと会長の身体の影から顔を出すと、一眼レフのカメラを抱えた一人の生徒の姿がある。ブレザーを着ていないシャツの二の腕の部分には、緑色の腕章。新聞部、の文字が輝いていた。 「部活動中」  ぼそりと答えられた声は、聞き取りにくい。黒髪短髪、黒縁眼鏡の男子生徒は、どこかで見たことがあると思ったら、新聞部の部長さんだった。 「た、確かにー」  新聞部の活動は、写真を撮って新聞を作ることにあり……。思わず頷いてしまう俺だった。すぐに、前にいる会長に睨まれる。 「納得してんじゃねえよ馬鹿。その写真は、何に使うつもりなんだ」 「新聞に使うつもりに決まってるでしょ」  大きなため息とともに、カメラが下ろされる。うわあ面倒くさそう。 「ちなみにー、内容とかって」 「生徒会が仕事しねえなんて、くだらねえ記事なわけねえよな」  会長が、見透かしたように鼻で笑うと、新聞部の部長は長い前髪の隙間から会長を見上げ、肩を竦めた。うわあ馬鹿にされてる。 「まさか。そんな安直な記事を書いたってつまらない」 「じゃあなんだってんだ」 「最近、密室で二人きりでいるのが多いんじゃない」 「は?」「はい?」  あ、ハモった。会長と俺の、怪訝な声が重なる。 「皆ね、不思議に思ってるんだ。他の役員が早く帰っても、生徒会室に残ってるのは二人だけ。今までなかったでしょこんなこと」  部長が早口で言う。少し興奮しているようだ、小さな鼻の上に乗った眼鏡を人差し指で押し上げて、一歩近づいてきた。 「会長のファンも鈴宮のファンも、不安に思って新聞部員を捕まえては真相を聞いてくる。学園の情報で期待に応えられないんじゃ、新聞部失格だと思ってね。一面でスクープしようと思って」  再び、ぱしゃりと乾いた音がしてシャッターが押される。フラッシュの光を浴びて、瞳を瞑った。一瞬で目を開けると、部長は微かに笑みを浮かべている。会長の眉が、思い切り顰められた。 「この学園の新聞部は、ガセネタ流すほど落ちぶれてたのか」 「だったら、真相を聞くまでだよ」 「生憎、健全にお仕事してるだけだ。いいぞ、今度取材に来るか? 会長と会計が、ひたすら書類に追われてる姿を」  それはそれで、気まずいような……。会長が、瞳を細めて挑発的に笑った。さすが、そんな姿は様になる。部長も同じことを思ったのか、一瞬の隙を見逃さずに、カメラのシャッターを切っていた。 「それはそれで、良いネタになりそうだね。……ちなみに、転入生くんはどうかな。剣菱くん、だっけ? どんな感じ?」 「やっぱりそれかー」 「やっぱりって、どういうことかな」 「知りたきゃ手前で探れ。……鈴宮、行くぞ」 「はあい」 「ふうん……」  さりげない問いかけが、本題だということを直観的に掴んだ。それは会長も同じだったようで、詳しく答えずに顎を動かして俺を促してくる。それに逆らわずに会長の後に続いて歩き出すと、部長は微かに笑って、手元のメモに何事かを書き込んでいた。  新聞部とは、つかず離れずの距離感を保っていた。新聞部は生徒会の動向に常に注目していたし、生徒会は生徒会で、新聞部を利用して生徒を煽ることもある。特に前会長は使い方が上手く、新聞部に頼み込んでネタを放り込むこともあった。それは新聞部の前部長と前会長の信頼関係があったからできたのかもしれない、と二人のやり取りを思い出して考える。今年は、そう上手くはいかないかもしれないなあ。  ぼんやりと考えながら歩いていると、一歩前を進む会長が大きなため息を吐いた。 「かいちょー、最近ため息ばっかじゃない」 「ああ?」 「知ってますかー、ため息吐くと、しあわせが逃げちゃうんだよ」 「逃げるくらいのしあわせがありゃいいんだけどな」 「うわあ卑屈。ネガティブ。そんなんじゃしあわせも寄ってこないってー」 「お前は、しあわせなのか」  階段を下りていた会長が、不意に足を止めて俺を見上げる。真っ直ぐとした視線を向けられて、瞬いた。それから、ふっと笑う。 「毎日、飯食って寝て笑えてりゃ、十分しあわせじゃないっすか」  あとは女の子がいればさいこーなんだけどお、なんて、呟くと、会長が少し目を瞠る。それから、微かに笑った。 「そりゃ、言えてるな」 「でしょ」 「ああ……鈴宮、」  不意に下から名前を呼ばれて、顔を上げる。ふわりとした感触がしたと思ったら、腕が伸びてきて頭を撫でられた。くしゃりと、撫で回される。 「うわうわ、何、乱れるー」 「いや……なんとなく。うちの犬を思い出した」 「えええ何すかそれえ、俺ちゃんと人間っす」  ていうか会長犬なんて飼ってんのー、とか、他愛無い話をしながら、階段を下りて寮へと戻る。  この間に、会長は実家でゴールデンレトリバーを飼ってること、年の離れた妹がいること、実家は老舗の旅館であることを知った。意外に知らないことが多くて、でもプライベートなことを改めて知るのも変な感じで、「今度かいちょーん家に泊まらせてくださいねー」なんて言ってみたら、「割増だけどな」とかツレない返事が返ってきた。会長とこういう会話をするのは、わりと、好きかも。  寮のエントランスに入る頃には、空には一面の星が瞬いていた。

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