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第1章 ミーツ!(14)

 部屋に戻ると、白い紙が辺り一面に広がっていた。玄関に一番近い位置にある紙を摘まむと、絵が描いてある。ラフな線で描かれた、下書きのようなものだ。 「ただいまー」 「おお、おかえり……」 「何、締め切り近いの?」  声をかけると、覇気のない声だけが返ってくる。鞄を置いて、机に向かっている雫を覗き込むと、グレーのスウェットを着て、前髪をヘアバンドで上げていた。疲れきった目が、俺を見る。 「つうか、突発的に一本描けって言われて」 「急に? 大変だね」 「そーなんだよ、ネタもねえし」  声をかけたことで気が抜けたらしい。椅子の背もたれに深く寄り掛かり、大きく伸びをしながら雫は息を吐き出した。  この学園は、一人一部活動というのが決められている。文武両道がモットーらしく、何かしらの部活動に所属しなければいけない。雫は剣道部のはずなのに、たまにこうして文芸部っぽいことをしている。元々マンガを描くのは得意みたいで、締め切り前にはひーひー言いながらも、原稿を仕上げていた。マンガのことはよくわからないけれど、素人目にしても上手だったと思う。男二人がいちゃいちゃらぶらぶしている内容には、目を瞑ったとして。 「今年の新聞ってさー、どんな感じ?」  すっかり休憩に入ったらしい雫は、冷蔵庫から飲み物を出して飲みだした。俺も上着を脱いで、ベッドに腰掛ける。椅子に座った雫は、首を傾げた。 「新聞?」 「そ、去年と何か変わった?」 「あー、そういや大分変ったな。今年はすげーぞ、二部構成」  そう言うと雫は、机の中をごそごそと漁り始めた。いくつかの紙の隙間から出てきたのは、校内の新聞だ。それも、二部。手渡された薄手のそれに目を通すと、【魅惑の転入生】という見出しが見える。どこで撮ったのか、裏庭で小鳥と戯れている転入生の写真が使われ、彼についての憶測の記事が並んでいた。 「なんか、えげつないねー」 「だろうか、と、かもしれない、の頻度がパネェよな」 「案外適当なのかもしれないねえ、あの部長……うわ何これ」  如何にも真面目そうな、地味な容姿の新聞部部長を思い浮かべる。新聞を発行するのも大変なのかもー……とかほんのり同情していると、もう一部の新聞の見出しに思わず眉を寄せる。 「【王道転入生来校! いよいよ総受けキャラの登場か】……すごいね、煩悩にまみれてるねー……、あ、俺だ」 「そうなんだよ、今年の新聞部はこれが違う。妄想爆発バージョンも発行してるんだ」 「それってどうなの、ありなの……」  紙面を見ると、やたらと男二人が並んでいる写真が多い。その中に、生徒会室で会長と二人で仕事をしている俺の姿もあった。いつの間にどこで撮ったんだ……こわい。 「ここ、見てみろよ」  少し遠くを見ている俺に、雫が声をかけてくる。紙面の一面下に、黒い帯があり、その中に白抜きで注意書きが印刷されていた。 「注意……この新聞はフィクションです。実在の人物・団体とは一切関係ありません……」 「すげーっしょ、免罪符までバッチリ」 「つーかこれ詐欺でしょー、思いっきり実在の人物撮ってんじゃん」 「まあ、どれも顔ははっきり写ってねーし、個人名もイニシャルだし……ってとこかね」 「訴えたら勝てるだろうなー」  記事の内容は、雫の言う通り妄想大爆発だった。【放課後の秘密】と題して、俺と会長の様子が描かれている。窓の外から撮ったらしい写真は、向かい合う机に座る二人が写っている。雫の言う通り、個人が特定できる顔は写り込んでいない。しかも、俺のほうが、多分書類か何かを確認するためだろう、会長の方に前のめりになっているから、位置的に色々と想像しやすい体勢に見える。いろんな意味ですごい。  さらに、記事には、「密室の生徒会室で行われる秘め事」とか「普段は女性に向かわれている睦言が、その耳元に甘く囁かれる」とか、確かに妄想爆発の文章が続けられている。ああだめだ、読んでいられない。 「つーかさ、これ非公式でしょ。どっから手に入れたの」  こんなの、堅物の会長が許すはずがない。新聞を軽く揺らしなが問いかけると、雫は軽く顎を引いた。俺の手から新聞を取り、それを眺める。 「特別ルート、っつーの? まあ、こっちの世界だよな」 「なんていうか、アングラだねえ……」  とんとん、と雫が示すのは、机の上に広げられた原稿だ。つまり、そういうことだろう。雫がよく言う「萌え」とかいうのを辿っていけば、その特殊新聞に行き着くのかもしれない。うわあこわい。 「何、堂々と撮られたか?」 「そー、会長との2ショットをさー。もう随分マークされてたみたいだけどお」 「ふうん……」  あの構えといい、隠れる気がなかった堂々とした態度といい、前々から狙っていたのだろう。ため息を吐くと、雫は小さく相槌を打った。 「生徒会っつーだけで目ェつけられやすいしな。有名人も辛いなー」 「とか言って、雫も愛読してるんでしょ」 「趣味ですから」  バックナンバーも網羅しているらしい雫は、得意げに笑って頷いていた。まあ、実害がなければ、いくら妄想してもいいとは思う、けどお……。なんとも複雑な心情で、会長の抱き心地を思い返していた俺だった。あの写真、売れれば高くなるのかなあ、なんて。  マンガを描くという雫を残して眠りにつき、気が付けば夢の中だった。夢の中では、役員たちがいつも通りに仕事をしている。その中には例の転入生くんの姿もあり、けれど、北野くんに代わってその業務をきちんとこなしているのだった。俺も会長も、自分たちの仕事を整えれば良いだけで、他の役員もいつも通りで、なんとも過ごしやすい空間だった。  会長と目を合わせて笑ったときに、会長の姿がぼやけて、前会長の姿とダブる。痛んだ金髪、サングラスの下から除く瞳が、弧を描く。 「どや、言うた通り、楽しいやろ? 生徒会」  なんてにやりと人の悪い顔で笑われて、ああこれは夢だったと意識した。  ――それになんて答えたかは、覚えていない。

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