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第2章 スポーツ!(1)

 桃華学園の学校行事は、派手さが売りだ。島全体を巻き込んだ体育祭だったり、城めいた会場を貸し切った女子高との交流パーティだったり、一流企業が協賛してくる文化祭だったりと、普通の高校生が体験できないようなことをあっさりと体験させてくれる。島の所有者が理事長であることや、各種有名企業の御曹司が在籍しているという背景もあり、やることがいちいち煌びやかだ。改めて考えると、そんな学園の生徒会に、俺みたいなごく普通の一般人が入っているっていうのは、異例の事態なんじゃなかろーか。  とにかく、それだけ派手ということは、外部との交流も盛んで、学校内だけでは収まらない色々な手続きというのがある。今は体育祭に向けて、島内の商店街や地域に協力依頼を要請したり、校内で各チームの出しものを検討したり、とにかく、体育祭成功のために奔走している時期である。……はずだ。たぶん。  自信がないのは、本来ならバタバタしている生徒会室の中で、優雅にお茶を飲んでいる転入生+副会長を目撃してしまったからです。思わず扉を閉めそうになった。いや、閉めていいんじゃないかな。このまま帰ろうかな。 「鈴宮さん」  ああ無理だった、気付かれた。転入生もとい剣菱くんが、俺に気付いて声をかけてきた。 「やけに疲れた顔をしてるな」  あんたらを見てどっと疲れたんだよ、……とは言えない。俺は曖昧に笑って、自分の席の上に溜まった書類を手に取る。今日の放課後は、体育祭実行委員の会議がある。それまでに大まかな予算案を出して、修正に備えないといけない。 「大丈夫ですか?」 「だいじょぶだいじょぶー」  多分、俺より会長の方が忙しい。本来ならば副会長がやる外部との交渉を、今年は会長がほとんどやってることになる。心配してくれる剣菱くんに首を振って、パソコンに向かった。あと三十分もあれば、きっと完成してくれる、はずー。ああ、平良くんがやる気満々の頃は楽だったなあと、思っても仕方ないことをぼんやりと思った。  ――やっぱり俺一人の力じゃ、無理だった。  予算の見積もりが甘くて、実行委員の会議は散々だった。色んなところから文句が出て、結局、全体的に予算を見直すことになってしまった。 「鈴宮」  確かに、前年度の資料ほとんどそのまんまだったりしたけどー。ついでにゼロを一つ打ち間違えたり、丸ごと抜けてる部分があったりしたけどお……。 「すーずーみーやー」  なにもあんなに責めなくたっていーじゃんねー。しんと静まった廊下を歩きながら、各クラスの代表と、チームリーダーの厳しい目線、そして会長の呆れかえった表情を思い出してため息を吐くと、足元に何か引っかかった。躓きそうになる。 「うわ」 「聞けよ」  身体が傾いた先には、制服があった。いや、正確には、人だ。視線を上に上げると、黒髪オールバックに、銀縁眼鏡、そして眉間に皺を寄せた不機嫌そうな顔。久しぶりに見る、風紀委員長の姿だった。 「何すかもー、自分でひっかけといて抱きとめるとか、ツンデレって言うんすよそーゆーのー」 「何度も無視した奴が何言ってんだ」 「無視とかしてないってばー」  俺よりも高い背を見上げて眉を下げると、不服そうな顔だ。風紀委員長は城戸昴(きどすばる)といい、いつも眉を寄せている。会長と似たところがあるけれど、こっちは生真面目というよりは鬼畜眼鏡だ。風紀を乱す生徒を見付けると、厳しすぎる取締を行うというので有名だ。俺も何度も、注意をされたことがある。役員になってからは、なんとなく黙認してもらってるけれど、相変わらず当たりはきつい。 「つーかお前なんだ今日の資料。ボロボロじゃねえかふざけんな死ね」 「うわ初っ端からきつい」 「予算案すら出せねえんなら役員なんかやってんじゃねえよ」 「ちょ、ブロークンハートに留めさすの止めて、マジこわれちゃう俺のガラスのハート」  いつもなら流せる委員長の言葉も、今日ばっかりは辛い。これでも珍しく、反省してるんだってばー。俺の泣き言に、委員長はむしろキラリと瞳を輝かせた。うわあ怖い。 「ガラスー? よく言うな、セメントでできてんじゃねえのか」 「えええ、案外繊細なんだってば」 「繊細なヤツが遊び放題できるかっつーの」  うう、それを言われると何も言えない。  委員長は、チャラいヤツが嫌いらしい。この学園のチャラいヤツの代名詞といえば俺なわけで、つまり俺のことが嫌いみたいだ。特に去年は何かにつけて絡まれて、門限ギリギリに戻る俺を待ち構えては反省文を書けとかトイレ掃除しろとか言われた気がする。 「つーか、生徒会が機能してねえんじゃねえか最近」 「ど、ど、どどどういうこと」 「副会長を最近見ねえ」 「調子悪いみたいよ」  いろんな意味で。鋭い指摘につい動揺しながら答える。生徒会の状態は、トップクラスの機密事項だ。 「各務の奴も張り合いがねえし」 「それはー、ほらこんな時期だし。会長もお疲れっていうか」 「お前もお前で、珍しく仕事ばっかしてるみてえだし」 「それはいいことじゃん、生まれ変わりましたーみたいな」 「ウゼェ」  キラッとか効果音つけてピースサインをしたら、いやな顔をされた。ああ、冷たい。 「放課後、近隣の見回りをしてたんだが」  ギクリとする。風紀委員はその名の通り学園の風紀を守るのがお仕事だ。校則違反や非行防止に努めていて、放課後も島内の繁華街を見回っている。風紀の腕章を見かけるたびに、さっと身を隠していたのも、今はいい思い出だ。 「転入生を囲んで、役員たちが歩いていた」 「へえー」 「明らかに早い時間だったんだが、何か知らねえか」 「あ、あれじゃない、道案内とか」 「楽しそうにクレープとか食ってたな」 「まあ、食べたくなっちゃうときもあるよね」 「そのあとは映画館に入って行ってた」 「たまたま観たくなっちゃったんじゃない」 「一日だけじゃないんだが」 「あは、委員長ってば仕事しすぎー。ストーカーみたあい」  もう駄目だ誤魔化せない、そう悟った俺は無理矢理カワイコぶって笑って、委員長の額をツンとつついてみた。ひくりと委員長の額が動くのがわかる。こわい。 「生徒会役員自ら風紀乱してんじゃねえよ。このままいくと、解体も有り得るっつーのをよく覚えとけ」  一際低い声で、吐き捨てるように言われた。俺に言われてもー、とは思うけれど、役員としては仕方がない。息を吐き出して、軽く顎を引いた。 「はいはい、わかってますうー。委員長もそんなに怒ってるとー、取れなくなっちゃいますよ」  わざと眉間に皺を寄せて、そこを指で付くと、思いっきり殴られた。 「っだ、」 「うるせえ殺すぞ死ね」 「つーか会長とキャラかぶってるー」  散々傷つけられた仕返しだー、と、誰もが思っているであろうことを言うと、思いっきり睨まれた。眼鏡を指で押し上げ、見下ろされる。それから、わざとらしくため息を吐かれる。 「小学生か」 「どっちがー」  呆れたように言われて、思わず突っ込んだ。すぐ死ねとか殺すとか言う人のほうが、小学生じゃんかー。 「……何やってんだお前ら」  がちゃりと会議室のドアが開く音がして、直後に聞き慣れた声が廊下に響いた。会長だ。 「委員長にいじめられてるんですー助けて会長ー」 「はあ? 至極当然のことを言ってるだけじゃねえか、被害妄想も甚だしい」  吐き捨てるように言う委員長の顔と、俺たちの顔を見ている会長の顔を見る。確かに目つきの悪さと人相の悪さは共通するものがあるけれど、やっぱり会長の方が男前、な、気がするのは欲目かなあ。とか思っていると、腕を掴まれて引っ張られた。 「お前らの口喧嘩なんざどうでもいい。行くぞ、」 「へ?」 「わかるだろ、……反省会だ」 「うわあまただまたいじめられるんだー」  ちょっと本気で泣きそうだ。弱気に言うと、委員長が楽しそうに笑う。笑っても凶悪なんだから、ある意味すごい。 「たっぷり反省させてやれ、会長さん」  嫌味たらしい言い方に、会長はちらりと委員長を見て息を吐いた。委員長は会長をライバル視しているみたいなんだけれど、会長は目に見えて相手をしていない。ちょっとかわいそう。  そのまま手を引かれて、俺は生徒会室に連れて行かれた。  気分は、連行される凶悪犯か、捕獲された宇宙人だ。  生徒会室に着くと、もう誰もいなかった。会議にはきちんと参加して議事録を取っていた双子は、会議後には帰ると宣言していたし、平良くんは最近あまり姿を見ない。剣菱くんと副会長は、きっと二人で帰ったのだろう。窓の外は、すっかり薄暗い。掴んでいた手を離すと、会長は自分の席に着いた。俺は気まずさから唇を結んで、会長の席の前に立つ。 「えーとー、このたびはー、申し訳ありませんでした」  ああ、謝り慣れてないからぎこちない。ぺこりと頭を下げると、会長が訝しげに眉を上げる。 「何が」 「ええ? だってボロボロだったでしょ、予算案」 「ああ? そんなことか。仕方ねえだろ、お前ひとりでやったもんだ。最終確認できなかった俺の所為でもある」 「か、会長がやさしい……」  な、涙が出てきそう……。  すごく怒られてめちゃくちゃ言われるのを覚悟してた俺は、すっかり力が抜けてしまった。ん、でもちょっと待てよ。 「じゃあ、反省会って何の反省会っすかー」 「決まってんだろ、予算案の打ち直しと、今日新しく出た案を具体化して学校側に提出する形にしねえと」 「反省会っつか、残業じゃーん」 「この時期はまあ、仕方ねえな」  そう言う会長の横顔は、どことなく覇気がない。俺は自分の席に戻って、再びパソコンを開いた。まずは予算案の打ち直しだ。  ちらりと会長の席に目を移すと、会長もパソコンに向かっている。その表情はいつも通り無愛想だけれど、眉間を抑える仕草や、小さく息を吐く回数の多さで、疲労感が窺える。やっぱり、無理してるんだ。 「かいちょー」  呼びかけると、会長がこちらを見る。その黒い瞳には、いつものような力がなかった。 「なんだ」 「あんまり、無理しちゃダメっすよー」  俺の声に、会長は一度目を瞠る。それから、すぐに小さく笑った。 「それ、前も言ってなかったか」 「だって会長疲れてるんすもんー。会長が倒れちゃったら、どうすりゃいーんすかー」 「お前が全部やればいいだろ」 「うわ意味わかんないし。俺ただの会計だし」 「まあ、大丈夫だ。ほら、さっさと終わらすぞ」 「はあいー」  なんとなく誤魔化されながらも、促されて素直に頷く。  結局その日は、寮の門限ギリギリの時間まで仕事をして、途中にまた新聞部に絡まれたりしながら、寮に帰った。あーあ、疲れるなあ。

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