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第2章 スポーツ!(8)
「どーよ流、ちゃんと見れたか? 俺様の勇姿は」
熱々ホクホクのお好み焼きをきれいさっぱり完食し、さらに会長が買ってきてくれたフランクフルトをもぐもぐ頬張っていると、目の前に影ができて顔を上げる。ピンクの鉢巻を揺らし、得意げに胸を張っている雫だ。
「勇姿っつーかさー、ほとんど反則じゃね?」
「会場のブーイングを収めたのに感謝してほしいな」
俺が真顔で言うのに、会長が無愛想に続ける。雫の得意げな顔は、引き攣りながらも持ち堪えている。案外図太い。
「仕方ねーだろ、そういうルールなんだから。それにアレは伝説的な存在でなあ、過去ほとんど見付けた奴はいないんだぞ!」
「どんだけ見付けにくいの、そんでそんなのなんで見付けられたの……」
ああ、突っ込むだけで疲れてくる。既にメインがなくなり、哀れにも棒だけになってしまったフランクフルトを前歯で噛んで揺らしながら、半眼で雫を見上げた。
「やっぱそれはあれじゃね、……愛?」
「いいよ一回沈んできて」
「ツレねえー」
ふっと格好よく笑って髪を掻き上げる雫は確かに爽やかだけれど、そのふざけたセリフに笑ってあげるほど俺は優しくない。さらりと言うと、雫はがっくりと肩を下ろす。それを合図にしたように、会長が立ち上がった。
「何、見回りすか?」
「ああ。もうそろそろ休憩も終わりだろ」
「かいちょー全然食ってなくね? 大丈夫すか、午後」
「大丈夫、だ」
会長はこちらを見ずに、頷いた。その広い背中は確かに頼りがいがあるけれど、こんなときだと、ほんの少し寂しく感じる。歩き出す会長にそれ以上何も言えなくて、ただ見送った。雫も、つられたように会長の背中を見ている。
「最近、げっそりしてるよなあ」
「やっぱりわかる? 頑張りすぎだよねえ」
「ああ。……俺に言わせりゃ、お前も頑張り過ぎだけどな」
いつものふざけた声色よりも少し潜めた声で、雫が言った。それに反応する間なく、テーブル越しに伸ばされた腕で髪をわしわしと大きく撫でまわされた。
「うわ、わ」
「無理、すんなよ」
そのまま、耳元に囁かれる。空気の振動と共に幼馴染の本気の気遣いが伝わってきて、息を呑んだ。茶化すに茶化せない、反応に困っていると、ちょうど放送を知らせるチャイムが鳴る。俺にとっては、救いのチャイムだ。
「皆様、素敵なランチタイムはお過ごしいただけましたでしょうか? 午後の最初の競技――応援合戦まで、あと10分となりました。準備が出来次第、応援席にお戻りください。繰り返します……」
放送委員の通る声が、グラウンド全体に響き渡る。もうこんな時間かと時計を見ると、雫がやっと手を離した。
「昼も終わりかー、早ェな」
「雫は出ないでしょ?」
「俺はがっつり見物だな。出るんだろ? 転入生」
「うわあ、流石、情報早いね」
「今年はチアガールだって盛り上がってるからな」
「あは、男子校だけどねえ……」
「そこがいいんだろ。じゃあ、行くわ」
ガールって女の子って意味だよ雫くん……なんて俺の心のツッコミは届くはずもなく、上機嫌にピンクチームの応援席に向かう雫の後ろ姿を見送る。
午後の部が始まっても、俺は相変わらず本部席に固定だ。いくつかは競技には出るけれど、そんなに激しいものはない。いや、最後の余興とかがよくわかんないけど。
放送を聞いたのか、双子や平良くん、副会長がぞろぞろと戻ってきた。会長だけ、まだ見回りをしてるっぽい。
「楽しみだな」
「楽しみだね」
「ふん……何故不特定多数に……」
役員のみんなが、何かこそこそと囁いている。やたら楽しそうなのはどうしてか聞こうと思ったら、大きな音がグラウンドに備え付けてあるスピーカーから響き渡った。
――午後の部の、幕開けだ。
各チームのチームリーダーと応援団長が共に考える応援合戦は、やっぱり毎年派手なものになっている。オーソドックスに長ランを着て大きい声で応援をした年もあれば、全員でダンスを踊った年もあるそうだ。今年は、どちらかといえばオーソドックスではない部類に入るみたいだ。流行りのJ-POPの入場曲と同時に、各チームの応援団が入場してくる。その服装に、思わず飲んでいるジュースを吹き出しそうになった。
「っごほ! ななな何あれ女の子?!」
学園名が刺繍してあるノースリーブに、腿上まで露わになったミニスカート。白いルーズソックスとスニーカーが、スポーティっで可愛らしい。それを着こなしているのは、どれも小柄で、可愛い子たちだった。にこにこと笑みを浮かべて、両手に持ったポンポンを振りながら、校庭の中央へと入場してくる。大きな円になる彼(彼女?)らの動向を見守り、目を丸めた。
「あ、あれって……」
「やっぱり」
「輝いてるね」
栗色の髪を揺らし、センターを飾っているのは、紛れもない――転入生クンだ。ポップな曲に合わせてリズミカルに動き、黄色いポンポンを上下左右に振りながら、にっこりとかわいらしい笑顔を浮かべている。あんぐり口を開ける俺をよそに、双子はしみじみと頷いているし、副会長なんて不機嫌そうながらもちゃっかりカメラを構えて連写している。うわあ変態っぽい。
「剣菱をセンターにしたことは、評価してやる……」
そしてぼそっと呟いている。みんなには見せたくないけど、どうせだったら真ん中に来てほしいとかそういうことを考えてるんだろうなあ。恋って怖い。
客席の男たちは、かわいい男たちの登場にものすごくテンションを上げている。副会長を筆頭に、一枚でも多く記録に残そうとする者の手によって切られるシャッターの光が、校庭中に瞬いた。
いやーほんと、よくやるよ……。
ストローを噛み半ば感心しながらダンスを眺めていると、真ん中の剣菱くんが不意にこちらを向いた。そしてにこっと笑って、音楽が鳴り止むと同時にぴたっと止まる。
――アイドルと目が合った、と騒ぎたくなる女の子の気持ちがちょっとだけ、わかったかもしれない。
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