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第2章 スポーツ!(7)
「ありがとうございましたー、委員長」
剣菱くんを連れて本部テントに戻ると、委員長たちが待っていてくれていた。礼を言うと、鈴木さんが首を振る。
「いやいや、しかし過激だよね言葉が。大丈夫だった?」
「全然、だいじょーぶ。びっくりしたけど」
「あれぐらい言わねえとわかんねーだろ、ああいうやつらは」
委員長は不機嫌そうだ。しかし、風紀委員長の仕事をばっちりとこなしてくれた。返された携帯を受け取って、俺はモニターを見る。気が付くと、すでにゴミ拾いは始まっていた。
応援席では、自分のチームを応援する声が響いている。ちなみにゴミ拾いは、チーム戦である。チームの代表が籠を背負い、その中にみんなでどんどんゴミを入れ、制限時間内に一番多く籠にゴミを入れたチームの勝ちだ。キロ単位になるから、籠を背負うのは、大体、柔道部とかそこらへんのガチムチ君になる。
「やっと昼だね」
「いい加減疲れてしまったね」
と、声を揃えて戻ってきたのは双子だ。さらさらの金髪に似合わずに、その整った顔にはじんわりと汗が浮かんでいる。え、こいつら働いてたの。
「つーか戻ってくんの早くね」
「ハニーが戻って来るのが見えたから」
「つい、引き寄せられてしまって」
双子が両サイドから剣菱くんを囲むと、剣菱くんはみるみる顔を赤くさせて縮こまってしまった。これが毎日っていうのは、ある意味大変だなあ。
「昼か。俺らも最後の見回りに行くか」
「そうだね。ありがとう、鈴宮くん」
「いえー、こちらこそー」
去って行く風紀委員二人に手を振って、双子の演技じみたやり取りを背後に、俺はモニターを見上げた。雫が、やたら必死にゴミを拾っているのが見える。がんばってるなあ、と、感心していたところ、『あった!!』という声が響いた。中継のカメラが、雫に近づく。
『こちらピンクチーム天乃さん、何を見付けたんですか?』
『萌えるゴミ!』
何を言ってるんだ雫は、と思っているうちに、カメラがどんどんと雫に近づいて、手に持っているものをアップに写した。萌えるゴミ、と書かれたそれは、小さなポケットファイルのようなものだった。
『こ、これは、学園の人気者ばかりを集めた秘蔵写真集じゃないですかあーーー!!!』
どうでもいいけど、リポーターのリアクションが大袈裟すぎる。
「なんか色々ツッコミどころがあるんだけど」
「学園内の有名人の生写真ばかりが入ってるみたいだね」
「もちろん、僕たちの写真もばっちり入ってるらしいよ」
双子がスポーツドリンクを飲みながら教えてくれた。いやいや、そんなの撮られた覚えがないんですけど……。
『生徒会はじめ、著名人のマル秘ショットがてんこもり! もちろん、非売品ですよ! やりましたね天乃さん!!』
『こんなお宝、ゴミ呼ばわりしていいんすかねえ……あ』
『おっと天乃さん、手を止めたそこには……なんと、ご自分のお写真がー! 生徒会会計・鈴宮さんと密着して……何事か囁き合っている写真です! 嬉しそうこの表情!』
「え、いつの間に撮ったの。そんでなんで超嬉しそうなの雫……』
俺のツッコミは、画面の中で悶えている雫には届かない。確かに雫とは距離は近めだと思うけれども、こんな日常の場面、いつ誰が……と思ったところで、新聞部部長の一眼レフカメラが視界の端を横切った。裏金的なものが発生してそうで恐ろしい。
『一生の、宝物にします!』
『さあお熱い宣言が飛び出したところで、参加者のみなさん、残りあと、1分でーす!』
ガッツポーズして告げる雫の後ろで、他の参加者が、一生懸命最後のゴミをかき集めている。
「人気だねえ」
「流のくせに」
「なにそれどーゆーこと」
双子の野次に思いっきり反応してしまったところで、競技終了の鐘が鳴った。ぞろぞろと参加者たちが所定の場所に戻り、それぞれが拾い上げたゴミの量のカウントが始まる。チームの代表が、籠を計量台の上に乗せた。ドラムロールと共に、ポイントが表示されていく。
「圧倒的だね」
「つまらないくらいだね」
双子は、優雅に足を組みながらモニターを見上げていた。それにしても、体操服にティーカップは似合わない。似合わないくせに、様になるのはズルいと思う。
「すごい、ピンクチーム、他から100点も引き離して1位ですよ」
「そりゃあ、ねえ……」
あの、萌えるゴミとやらが100点扱いなんだから、そうなるだろう。どんだけ見付けにくいの、ていうかルール改正の必要あるんじゃない……。心の中でツッコミを入れていると、案の定、現場からはブーイングが起こっている。
『えー、というわけで、以上、現場からお伝えしました!』
「あ、強制終了した」
「ずるいねえ」
「仕方ないよね」
双子はうんうん頷いている。彼らは今日も、最低限しか仕事をしないみたいだ。
「えー、ゴミ拾い会場のみなさん、お疲れさまでした。以上をもちまして、午前の競技は終了とさせていただきます。午後の部は13時より、全校対抗の応援合戦から開始といたします……」
放送委員の声が、グラウンドに響き渡った。この後は、各々が昼食や昼休憩を取る時間になる。双子は仕事が終わったとばかりに早々に腰を上げて、剣菱くんを誘っていた。猛ダッシュで副会長が戻ってくるのを視界の端に入れつつ、俺も伸びをした。
見上げた先の空は、相変わらず、雲ひとつない晴天だ。このお祭りが午後も続くのだと思うと、ほんの少しだけ、憂鬱になった。
昼休みになると、また別の喧騒が校内を支配する。実行委員は午後の競技の準備をするのにばたばたと忙しなく駆け回っていて、一般生徒はグラウンドに出店されたいくつかの出店で楽しそうに買い物をしている。俺はというと、生徒会のテントの下から動かず、出店で買ったお好み焼きを開いていた。
出来立ての売り文句に違わずに、湯気が上り、ソースがかかった生地の上では鰹節が踊っている。美味そう。いただきますと手を合わせて箸を割ったら、不意に影ができて顔を上げる。
「かいちょー、おつかれさまでっす」
「ああ……」
大分疲れた様子の、会長の姿があった。乱暴に椅子を引いて、俺の隣に腰かける。全身から疲労が滲んでいて、声をかけるのを躊躇うほどだった。
「はいかいちょー、アツアツお好み焼き。あーん」
箸でお好み焼きを摘まんで、会長の口元まで持って行く。どやされるのも覚悟だったけれど、意に反して会長は素直に口を開き、俺の持つ箸の先からお好み焼きの切れ端を食べて飲み込んだ。突っ込む気力もないってことかな、俺はさらに心配になる。
「だ、だいじょぶ?」
「ああ……美味いな」
会長が、微かに笑った。口元についたソースを拭うその顔は確かに男前だ、悔しい。
「そりゃよかったー。少しは食わないと、ほんとに倒れちゃうよ」
「大丈夫だ、食うには食ってる」
「じゃ、飲んでる?」
「いや……もらっていいか」
頷く会長に、飲みかけのペットボトルの水を差しだすと、少し迷ってから会長が聞いてきた。頷いて手渡し、会長がペットボトルを飲む。そのとき、パシャリとフラッシュが瞬いた。
「なんていうか、暇なのか忙しいのかよくわかんないよね新聞部」
「今日は本家の仕事をしてもらわねえと困るんだがな」
姿を隠す気もない新聞部部長が、一眼レフカメラ越しにニヤリと笑った。わあ気持ち悪い、なんて、思っちゃダメか。
「こういうさりげない一ページが、良い一枚になるんだよ」
「完全に趣味じゃんねー」
「楽しそうで何より、だな……」
会長がため息を吐く。普段よりも深く、重い。流石にそれに気付いた部長が、カメラを下ろした。
「大丈夫かい? あんまり無理すると、流石の君も危ないんじゃない」
「心配するくらいなら、妙な写真撮って神経使わせんな」
「それとこれは別でしょう。……ああ、そうだ。午後の競技、楽しみにしてるよ」
部長がそう言った途端、会長の顔が険しくなる。これ以上眉間に皺が刻まれたら、大変だ。せっかくのイケメンが、ただの怖い人になってしまう。
「午後の競技ってなにー?」
俺が尋ねると、部長はにんまりと笑った。
「へえ、そうか。鈴宮は知らないのかい」
「うるせえな、それ以上喋るんじゃねえよ」
「厳しいなあ」
「え、なに、俺に関係してんの」
そんなの言われたら気になるってば。隣の会長を見ると、気まずそうに頭を掻いた。それからまた、ため息。
「あー……お前も出ることになったから。余興」
「へ?」
「余興って言い方はないんじゃない」
「その通りだろ、所詮前座だ前座」
二人の会話に、まったくついていけない。ぱちぱち瞬くと、それを察してくれた新聞部の部長が、肩を竦めた後に説明してくれた。
「鈴宮、午後一番の目玉競技は何か知ってるかい」
「スウェーデンリレーでしょ」
「そう、チーム対抗のね」
そうだ、プログラム最後の種目は、校内全体を使ったスウェーデンリレーだ。普通に校庭を走ればいいのに、わざわざ校内を使い、第一走者は一周、第二走者は二周、第三走者は三周、そしてアンカーは四周も校内を走らされるという可哀想な種目。校内のあらゆるところにカメラが仕掛けてあり、この大型テレビ画面が分割されて、走者の様子が写り出され、応援も白熱したものになる。それがどうしたっていうんだ。
「ま、まさか、俺にそれに出ろなんてことじゃあ」
「まさか。こんな種目、運動部のためにあるようなものじゃないか」
「で、ですよね。よかったー。……じゃあなに?」
「スウェーデンリレーの前にもあるんだよ、チーム対抗の競技が」
そりゃーあるでしょう。午前中に派手な競技が終わってしまったからと言って、午後何もしないわけがない。会長は、額をおさえた。
「今年は、生徒会が出るらしい」
「ふうん……、って、ええ? 聞いてないけどー」
「鈴宮と会長は他のことで忙しかったみたいだしね」
ということは、俺以外はみんな知ってたってこと? あのひとたちより仕事してるのにー……ちょっぴり悔しい。
「もともとお前は出す予定なかったんだよ」
「え、なにそれ俺ハブられてんの」
「違え、これ以上働きたくねえだろ」
あ、会長の気遣い。ぶっきらぼうに言うのは照れているのか、ちょっぴり感動してしまう。この人でも、俺のことを気にかけてくれていたんだ。
「ありがと、会長」
「礼はいらねえ……結局、出すことになっちまったからな」
「ていうか、何すればいいの? そんなめんどいこと?」
「端的に言うと、仮装かな」
「仮装?」
「コスプレのこと」
「だ、だれが喜ぶの、それ……」
なんだか怖い気がしたので、それ以上突っ込むのはやめることにした。どうせその、余興、とやらになったら、否が応でも知ることになるんだ。……どうせコスプレするんなら、女の子にきゃーきゃー言ってもらえるようなカッコいいのがいいなあ。
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