39 / 73

結果発表&反省会

結果発表&反省会  ピーンポーンパーンポーン。  甲高いチャイムの音が鳴り響き、屋上で久遠くんと並んで弁当を食べていた俺は、箸を進める手を止めた。ああ、なんだか、いやな予感がする……。箸を前歯で齧るようにして、耳を澄ませる。ちらりと隣の久遠くんを見ると、同じように手を止めていた。 『全校生徒の皆さんにお知らせです! 人気投票の結果をお知らせします。エントリーした方々は、校庭にお集まりください。繰り返します。人気投票にエントリーした方々は、校庭にお集まりください』  最早聞き慣れてしまった放送委員の声に、うぐぐと妙な声が出た。弁当、もう少しで食べ終わるところだったのにい。 「ねー久遠くん。コレ、行かなきゃ駄目かなあ」  久遠くんが手作りしてくれた出汁巻き玉子をもぐもぐと食べながらぼそりと問いかけたら、久遠くんはちらりと階下の校庭を見た。俺もつられて覗き込む。 「うわー、ぞろぞろ出てくるねー」 「行かないと連行される雰囲気だな」 「うう、確かに……」  ここで渋ってたら、余計に厄介な結果が待っていそうだ。俺は重い息を吐き出して、残りのおかずやご飯を急いで掻き込み(本当はもっとゆっくり味わって食べたかったのに!)、渋々と立ち上がった。久遠くんも、しっかり風呂敷みたいな布を巻いて弁当箱を片付け、立ち上がる。 「ねー久遠くん」 「何だ?」 「今日もごちそうさまでした」  並んだ久遠くんを見て手を合わせると、久遠くんがふっと笑う。それから、何も言わずに俺の髪をくしゃりと掻き混ぜた。いつものやりとりに、俺もつい笑う。今日も昼ご飯に満足して、俺は、呼び出された校庭へと向かった。  校庭には、既にたくさんの生徒たちが集まっていた。いつかも見た簡易ステージの下、わいわいがやがやと喧騒が広がっている。この人たちの中に紛れて、ただの観衆として終わりたいなぁ。 「鈴宮」  あ、無理そう。  久遠くんと並んで、大勢の生徒たちが集まるその後ろにつこうとしたのを、低い声に呼び止められた。見ると、眉間に皺を寄せた会長の姿がある。 「会長」 「行くぞ」 「え、」  答える間もなく、首根っこを掴まれて捕獲された。どうやら、俺ってば、相変わらず、信用がないらしい。 「捕まえなくても逃げないっすよー」 「うるせえ急ぐぞ、久遠お前もだ」 「ああ……」  顎でステージを指して久遠くんを促す会長の声は、やはり不機嫌そうなものだった。何度か訴えたらやっと首を掴む手を離してもらい、皺になった襟を正す。会長の後に続いてステージの方に向かいながら、ステージの下に集まった一般生徒たちを見ると、その数に目を丸めた。 「ほとんど全校生徒、出てきてる感じ?」 「関心が高いんだろうな」 「非公式のイベントなのにねえ……」  どこぞのアイドルの親衛隊のように、【天乃さんサイコー】とか【会長抱いて】とか書かれた団扇を持った人たちを見て、しみじみと零した。なんやかんや、人生楽しそうである。    ステージには、既に、前回エントリーをした面々が出揃っていた。実況席には、お馴染の放送委員の二人が座っていて、開幕を待っている様子だった。 「相変わらず……」  やる気、満々だ。副会長を筆頭に、役員のみんながキラキラとした面持ちで、ステージの上に立っている。平良くんだけは、おどおどそわそわと、落ち着かない様子だった。(いきなり犬小屋から知らないところに連れ出されたワンコみたい)  仏頂面の会長がステージに上がると、「おおおおおおお」と怒号のような歓声が沸き上がる。スゴイ熱気だ。ステージから改めて見下ろすと、全校生徒のほとんどが集まり、それぞれがそれぞれの思いを抱いて、ステージを見上げているのがわかる。 「――さあ! 突然の呼び出しだったにも関わらず、参加者の皆さんが、今! 揃ったようです!」  会長の登場を待ちわびていた放送委員が、勢いよくマイクに向かって叫びだす。その声に応えるように、会場からは多くの拍手が鳴り響いた。 「投票期間の間、たくさんの票が入っていたみたいですねー」 「一体、1位は誰の手に?!」 「気になるところですね!」  放送委員のテンションも、一際高いものとなっている。うーん、楽しそう。 「お前なー、もうちょっとやる気出せよ」  どこか他人事みたいにそのやり取りを眺めていたら、横から呆れたような声が届く。雫だ。 「えー?」 「わりとみんな、楽しみにしてたんだぞ。今日のこの日を!」 「あんまり興味ないなあ」 「そーいうこと言うなって、……もしかしたら、大人のおねーさんの票もあるかもしれないんだぜ」 「えっ」  ニヤリ、雫が不敵に笑った。何それどーゆーこと。 「ふっふっふ……この学園の男子生徒以外にも、ファンの方々はいるかもしれないってこと」 「お、おとなの、おねえさん……!」  ごくり。思わず生唾を飲み込んだ。ありとあらゆる妄想が、俺の脳内を駆け巡る……! 「が、俄然、やる気になってきたかも……!」 「おーおー、その調子」  ちょっと楽しそうに笑っているのが気にくわないけど、まあ、許してやろう。全ては、大人のおねーさんのため……! 「不純だね」 「不純だよ」  後ろで双子が何か言ってくるが、気にしない。そもそもこの企画自体が、純粋とは程遠いものだ。大人のおねーさんが見ているとあらば、と、俺もちょっとだけ格好つけて、ステージに立った。 「――では、いよいよ、結果発表です!」  放送委員が張り上げる声に、一筋の緊張が走る。  ステージに立った参加者が照明に照らされて、場を盛り上げるように、吹奏楽部のドラムの音が鳴り響いた。  ――いよいよ、結果が発表される。  ドラムロールの後、会場のあちこちを照らしていたライトが、3つの筋に分かれた。太鼓をたたく音と共に、三人の人物が照らされる。そのうちの二人は、なんとステージの外にいた。 「えーまずですね、記念すべき1票を獲得した方々をご紹介します!」 「エントリーナンバー9番! 風紀副委員長こと、鈴木ハル!」  ステージの端、風紀委員長の隣に立っていた鈴木さんが、驚いた顔をしていた。 「そして、新聞部・波多野部長!」  どうやって見つけ出したのか、会場の外、カメラを構えていた新聞部部長をライトが照らし、放送委員が大きな声で紹介をした。それに部長は珍しく動揺したようで、カメラが手からずり落ちていたが、すぐに体勢を立て直すとわれ関せずと言った表情を作って、再びカメラをステージに向けていた。うーん、やっぱり、強がるタイプみたいだ。 「さらに、イケメン保健医・匡野先生!」  教職員たちも、外に出ていたらしい。生徒たちの後ろで、ほぼ一列になり、見物していた先生たちの中に、スポットライトが当てられる。その中央にいるのはイケメン保健医こと匡野先生で、先生は興味なさそうに眼鏡を指で押し上げていた。 「す、すごいですね、匡野先生!」 「いや、よくわかりませんが」  隣にいる先生が、きらきらと尊敬の眼差しで匡野先生を見つめていた。それに、匡野先生は肩を竦める。うーん、クールだ。 「えー、では、コメントを頂きましょう! 小林さん、お願いします」 「今後もツンデレ委員長を影でサポートできるように、がんばります」 「手前ェ鈴木誰がツンデレだ誰がッ」 「反応するってことは自分でわかってるんじゃないかな」 「い、ちいち腹立つな手前ェ今日こそタダじゃおかねえぞ」 「はいはいわかったわかった」 「く、っそおおお」  ああ、今日も委員長は、元気に操られている。  放送委員の存在なんてないかのように、二人の決まったやり取りが繰り広げられていた。それに何故か、会場からは拍手が沸き起こる。 「はい、相変わらず仲がよろしいようですね! では、現場の実況担当、波多野さんにつないでくださーい」  いつの間にか、ステージ上には、解説担当の一人しかいなくて、もう一人の実況担当は、ステージの外に下りていたらしい。繋がれた実況担当は、マイクを新聞部部長に差し出していた。 「はいコチラ実況担当。波多野さん、一言お願いします!」 「今後の展開が楽しみです。色んな意味で」 「あくまでも自分の順位には興味がないみたいですねー」  ニヤリと笑う新聞部部長の不敵な笑みを見て、ぞくりと鳥肌が立つ。うう、このステージ上で、失言は絶対に避けた方がよさそうだ。 「では引き続き、匡野先生に一言いただきたいと思います!」  実況担当がちょこまか動き、匡野先生の前に行ってマイクを差し出した。 「不必要に保健室に溜まらないように」 「おおっと、常日頃から言いたかったことを言って下さったようですね! ありがとうございます!」 「とりあえず俺は戻る。後はよろしくお願いしますよ」  そして隣の先生にそう言い置くと、匡野先生は白衣を翻して、校舎の中に戻って行ってしまった。やっぱり、クール……。隣の先生は突然に伝言に慌てて、わたわたしている。大人って、大変だなァ。 「はい、実況担当の坂下君、ありがとうございましたー」  どうやらちょこまか動いている、赤い帽子を反対に被ったカレは、坂下君というらしい。視点はステージ上に戻り、解説担当が、再びマイクのスイッチを入れる。 「では続きまして、2票を獲得した方々を紹介いたします!」  その声を合図に、再び、ドラムロールが鳴り響いた。最後の強い太鼓の音と共に、スポットライトが動く。止まった先は、やっぱり、3カ所だ。ステージの中に1つ、ステージの外に2つの光が、輝いている。 「生徒会会計監査・平良、光汰!」  解説の声と共に、平良くんに注目が集まる。突然のことにびくりとして、大きな身体を丸めているその姿は、突然大勢の人間に囲まれてびくびくと震える犬のようだった。 「平良さん、一言お願いします!」 「え、えっと、……こ、光栄、です」  差し出されたマイクに一瞬仰け反って、暫く考えてから、その一言を言うと、会場からはわっと歓声が沸き起こった。野太いその声は、……うん、ガチ系の方々みたい。 「はいはい、こちら会場実況の坂下でーす。続きまして、何の因果か、平良さんと同室のこの方です!」 「…………」 「はい、不機嫌なオーラ、どうもありがとうございます!!」  平良くんと同時にスポットライトを浴びていた一人は、なんと、懐かしの北野くんだった。相変わらず小さい身体で、腕組みをして、むすっと不機嫌そうな顔をしている。 「では改めてご紹介します! 元生徒会役員、北野柊介さんです!」 「どうも」 「もうあと一言、もらえませんかねー?」 「あー、貴重な一票、ありがとうゴザイマス。大変うれしく思ってオリマス」  うわーすげー棒読みー。  わざとらしく一礼する姿は、いっそ清々しい。見かけによらずクールというか、ドライだとは思っていたけれど、こんなに可愛げがないなんて思わなかった。ちらりとステージ上の平良くんに目をやると、自分のときよりももっと、ハラハラとして見えた。ある種、ご主人様の失態を見守る忠犬のようだ。……いやいや、この二人がそんな関係なわけ、ないか。平良くんは剣菱くんにゾッコンだし、ね。 「えー、で、ではっ、最後の一人をご紹介します!」  流石に、学園きっての名実況者(らしい)坂下君でも、扱いに困ったらしい。すぐに向きを変えて、それこそ、観衆に紛れていた一人の少年の方へ、マイクを向けた。 「えっ、……えっ?!」  向けられた彼は、戸惑っていた。……ものすごく。覚えがないとばかりにぶんぶんと首を振る猫っ毛の彼を、俺はどこかで見たことがあるような、ないような。うーんと考えを巡らせていると、双子が楽しげに笑っている。 「いよいよ旬が日の目を見る日が来たね」 「なんだか感慨深いものがあるね……」  そしてしみじみに呟く姿に、ピンと閃いた。そうだ、あの、ものすごく戸惑っている彼は、ある筋での有名人だった。――双子の、同室者として。 「イタズラな双子の同室者、谷崎旬くんです!」 「ど、どうも……?」 「役員に並ぶ快挙、おめでとうございます!」 「あっ、ありがとう、ございます……?」  全部に疑問符がついてる。何か可哀想になってくるくらいの戸惑いっぷりだ。 「もしかして、票が入っているのが予想外だったりしてます?」 「とてつもなく、予想外、です」 「そういうケンキョなところも、谷崎さんの魅力の一つかもしれませんね! はい、では、実況から解説・上本君にお返ししまーす」  マイクを向けられる度に緊張した面持ちで話す谷崎くんに、双子はひたすら楽しげに爆笑している。……谷崎くんが知ったら、ボコボコに殴ってるんじゃなかろうか。さすがに可哀想に思ったらしい坂下君が、ステージ上の解説者(上本君というらしい)に、マイクを返した。 「はい、みなさん、ご協力ありがとうございます! では続きまして、3票獲得したのは――ご存じ、桃華学園のウィーズリーこと悪戯双子、千堂真尋・真白兄弟です!」  ドラムロールと共に名前が告げられると、二つの照明がぐるぐると八の字を書くように動き回り、千堂兄弟のところでピタッと止まる。双子は、嫌味なくらいにポーズを決めていた。それに、会場からは、「きゃあああ」という歓声が上がる。おお、人気だ。 「相変わらずすごい人気ですね! では千堂さんたち、一言お願いします!」 「嬉しい結果だね」 「旬に勝てたしね」 「みんな、ありがとう」 「愛してるよ」 「さすがホスト系双子の異名をもつだけのことはありますねー! ばっちりウィンクをして、甘い言葉を下さいました!!」  きらきらとした擬音を周囲に纏いながら、にっこりと双子は微笑んだ。それに会場の歓声は大きくなり、答えるように双子は手を振る。息ぴったりだ。 「はい、ありがとうございましたー」  上本君はマイクを引いて、一礼をする。双子は相変わらず、得意げな表情をしていた。 「えー、次は、5票を獲得した方を紹介したいんですが……」  煮え切らない上本君の言葉に、会場がざわざわとざわつき始める。当てはまる人を探している照明が、うろうろと会場内を彷徨っていた。吹奏楽部のドラムロールも、弱い音で続いている。一体、誰なんだろう。興味が隠せなくて、照明を目で追いかけると、不意にある一点でピタリと止まった。 「よ、よかった! いてくれた! ……コホン、失礼しました。気を取り直して、5票を獲得したのは――前会長こと、緒方甫さんです!」  上本君の安堵の声と同時に、照明が指示したのは、なんと――相変わらずアロハシャツを着た、前会長こと緒方さんの姿だった。缶珈琲なんて片手に持って、先生たちと談笑していたようだ。突然のことに、目を丸めている。 「な、なんや一体!」 「前会長、出番です!」 「と、突然すぎるやろ! こーいうんは、ちゃんと事前にアポ取らなあかんて……」 「いやーやっぱり、前会長のカリスマ性は、学校を去ってからも薄まらないものなんですねえ。感心しちゃいました。さあ、一言お願いします!」 「しゃ、しゃあないなあ、そこまで言われたら、答えな男やないっちゅーもんやな!」  うわー相変わらず、調子がいい。坂下くんも会長をその気にさせるのが上手い。ていうか、この人、大学は大丈夫なのかな。よく見かける気がして、少し心配になってきた。 「俺への1票、おおきにな。卒業しても忘れられんくらい、俺も君らのこと、愛しとるでえー!」  マイクを持つと、さっきまでの躊躇いは嘘のように、身を乗り出して大声で言う前会長に、会場がどっと盛り上がった。自分のペースに巻き込むことが得意な緒方さんの姿に、学園が、一年前に戻ったような錯覚に陥る。ちらり、と、隣の現会長に目を移すと、なんとも複雑そうな顔で緒方さんを見下ろしていた。 「かいちょ、顔、こわいよー?」 「ああ? うるせえ、元からだ」 「あだっ、……暴力反対ィ」  ああやっぱり怖い。こっそりと囁いてみたのがまずかった。無遠慮に叩かれた頭を撫でながら、緒方さんに目を戻す。何故かガッツポーズをして、拳を突き上げていた。 「はい、力のこもった一言、ありがとうございました! では上本君に戻しまーす!」 「いやー、一瞬だけ、懐古の雰囲気が流れましたね。はい、では、続きまして……7票を獲得したのは、この方です……!」  ドラムロールが鳴り響き、照明が動く。今度は迷う様子もなく、舞台上へとやってきた。 「風紀委員長、城戸・昴ー!!」  大きな太鼓と共に言われた名前に、大きく会場の歓声が上がった。スポットライトが当てられた風紀委員長は、ふっと得意げに笑って眼鏡のブリッジを押し上げる。 「委員長、一言お願いします!」 「念願の0票脱出、ものすごーくうれしいでーす」  上本君が差し出すマイクから、はあとまあくでも付きそうな柔らかな声が響いた。普段の風紀委員長との落差にぎょっとして舞台の中央を見ると、案の定というかなんというか、鈴木さんがにっこりとした笑顔で上本君に答えていた。 「手前ェ鈴木勝手に答えてんじゃねえぞゴルァ!」 「不器用な城戸に代わって正直な心情を答えてあげたんじゃないか」 「だ・れ・も、頼んでねえ!」 「素直じゃないなァ」  あれ、こんなやり取り、さっきも見たぞ。どうでもいいけど、この不機嫌な風紀委員長の額をにっこり笑ってツンと小突ける鈴木さんは、スゴイと思う。 「えー、では、城戸さん、改めてご自身の口から一言お願いします」 「あ? あー、……ありがとよ」 「あ。委員長がデレた」  つい零すと、ギッと鋭い眼光が睨んできた。おお、こわい。 「――さあ、これで残ったのはあと6名。どのような結果が待っているのでしょうか?!」  俺を殴るつもりだったらしい委員長の手が、上本君の言葉で止まってほっとする。ステージの上にいる、会長と雫、久遠くん、副会長と剣菱くん、そして俺、の順番に、スポットライトが行き来した。テレビだったら、このままCMに行きそうな流れである。 「はーい、ここで一旦CMはいりまーす」  えっ。  俺の思考を読むように、下にいる実況担当の坂下君が、笑顔で言った。上本君も当然のように頷いて、ステージ上のスクリーンに、別の映像を映す。そこには、島の商店街の中の店の広告が流れていた。 「うわーなにこれ本格的すぎじゃない?」 「非公式だって散々念押してたのにな」 「広告料をもらってたりしたらタダじゃおかねえ……」  あ、会長がマジだ。  低くなった声色に会長を見ると、眉間の皺は深くなっている。その視線の先には、ニヤリと不敵に笑っている新聞部部長の姿がある。ああ、やっぱり、この企画の首謀者は、彼だと思うのが正しいのかもしれない。  ステージに設置された大画面に、商店街の広告が幾つか流れる中で、今までに結果を出された人たちは一度下がることになった。残ったのは、さっきも言った、6人。俺ももちろんまだ結果が出てなくて、なんだかそわそわする。 「緊張してんのか」  隣の会長が、俺を見下ろして笑った。 「会長こそ、ドキドキしてたり?」 「ああ? 俺を誰だと思ってる」 「だから、誰とも思ってないってー」  なんて軽口を叩いていたら、大画面の映像と、音楽が止まった。どうやら、後半が始まるみたいだ。坂下君と上本君が何やらこそこそ打ち合わせをして、実況席に着く。 「お待たせしました! では、後半のスタートです!」  吹奏楽部のトランペットが、場を盛り上げる。会場も、上本君の勢いに乗じて、わーっと大きな歓声を上げた。 「まずは、4位の紹介です」 「57票を獲得したのは、この人!」  お馴染のドラムロールと、照明が、舞台に立つ一人を照らす。 「不良系弁当男子こと、久遠明良!」  ドン、という音と共に、久遠くんの名前が呼ばれた。当の本人は何度か目を瞬かせて、眩しそうにしている。 「どうですか、久遠さん! 前回に引き続き、たくさん票を獲得されましたねー」 「ああ、……どうも」 「何か一言、お願いします!」 「応援、ありがとう」 「短いながらに、しっかり微笑む表情がニクいですねー!」  後ろの大画面には、久遠くんが、少し照れくさそうに、けれど優しげに微笑むのが映し出されていた。それに会場は、また大盛り上がりだ。 「えー、では、引き続き、3位の紹介をしたいんですが」 「おお、今回は、面白い結果になりましたね!」  坂下君が、カンペを見ながら、楽しそうに言った。上本君もそれに頷く。 「そうなんです。――なんと、3位と2位の差が、僅か、1票!」 「ほとんど同点タイと考えてもよさそうですねー」 「ええ。しかし、1票でも、違いはあります。というわけで、第3位は……」  おお、そんなこともあるんだ。会場が、ごくりと息を呑む音が聞こえる。やっぱり、自分がファンの人には勝って欲しいものなのかな。いつもより長いドラムロールが、終わった。そして、スポットライトが示すのは……。 「122票を獲得した、我らが生徒会長、各務・総一郎!」  ――会長だった。  俺の隣に立つ会長が照らされ、いつもの仏頂面が晒される。大画面に会長の顔が写り出すと、会場の歓声が一際大きなものとなった。 「いやー、惜しかったですね」 「どうですか各務会長、今の心境は?」 「あー、……投票、ありがとう」 「くうう、あくまでも誠実な姿、男らしくて痺れますね!!」  坂下君がはしゃいでいる。上本君がわざとらしい咳払いをすると、坂下君はハッと我を戻して、もう一度会長にマイクを向けた。 「1票差で、2位にはなれなかったわけですが」 「順位には拘らない。それだけ多くの人に支持してもらえたことに、感謝する」  会長が前を見据えてはっきりと告げた言葉に、一瞬、会場が静まり返る。それから、おおおおおおと怒号のような、一際大きな歓声が響いた。ううん、後からコメントする身としては、ものすごく、やりにくい……。 「この後、すげーやりにくいなー」 「あっは、……ちょお同感ー」  全く同じことを考えていたらしい。隣の雫が、ぽつりと零すのに、何度も頷いた。 「では続きまして、第2位の発表です! 1票を勝ち取ったのは、」  再びドラムロールが鳴り響く。俺と雫をうろうろした光は、声に合わせて止まった。 「123票を獲得した、イケメン腐男子こと、天乃雫!!」 「――おおお、俺?!」  俺の隣で光を浴びた雫が、自分の名前を呼ばれたら予想外だったのか素っ頓狂な声を出した。 「ものすごく驚いてますねー」 「いやすげーびっくりした」 「予想外、ですか?」 「圏外かと思ってました」 「またまたー、たくさんの応援のコメントを頂いてましたよ」 「マジすか! ありがとうみんな!」  雫が爽やかに笑う様子が大画面に映し出されると、会場から黄色い声(男のだけどね)が、響き渡った。 「途中、久遠さんにリードを許していましたが、最後で一気に逆転したみたいですね」 「幼馴染強し、といったところでしょうか」 「これからも幼馴染押しで、がんばります!」  雫のガッツポーズに、会場からは大きな拍手が沸いた。一体何をがんばるんだろう。 「さあ、いよいよ、第1位の発表です!」 「281票もの票数を獲得し、第1位に輝いたのは――」  もはや聞き慣れたドラムロールが、会場中に響く。ステージ上を、スポットライトがうろうろと彷徨った。 「ご存じこの方! 永遠のフリーマン・鈴宮、流ー!」 「――えええ、俺ェ?!」  上本君の声と同時に、スポットライトが俺を照らす。もちろん会場中の視線は俺に集まって、たくさんの拍手なんかも向けられる。――うう、雫が驚いたのが、よくわかった。こーゆーの、ニガテなんだってば。 「いやー、さすがですね! 2回連続第1位なんて」 「やっぱり主人公は違いますねー」  しゅ、主人公ってなに……。  上本君と坂下君に、挟まれるように2本のマイクを向けられて、たじろぐしかない。ちらりと雫に視線を送ってみても、楽しそうにニヤニヤ笑ってるだけで宛てにならない。会長も、口を出す気はないみたいだ。 「鈴宮さん、一言お願いします!」 「え、えーっとー、ちょおうれしーでーす」 「感情籠ってねえぞ」 「もうちょいがんばれー」  うわあ煩い。頑張って笑ってみたら、舞台の双方向から野次がとんできた。 「いやでも281票ってすごくね? えー、なんかじわじわ嬉しくなってきた。えーっとー、一生懸命頑張った甲斐がありました。応援ほんとにありがとー」  ――うん、これは、本音。  これだけの人が俺のことを応援してくれるなんて、すげーうれしいことだ。しかも、雫によると、大人のおねーさんの票も入っているらしい。うわ、やばい。嬉しい。 「素直なコメント、ありがとうございます」 「ええと、今回の投票ですが、全部合わせて――607票もいただきました!」 「有難いことですねえ」  上本君がしみじみしているけど、うん、それってやっぱり、すごいことだ。 「感謝をこめて、皆さんで記念撮影をしたいと思います!」 「さあ、鈴宮さん、センターへ!」 「あー……1位になった特典って、ソレだっけ?」  最初に言っていた条件を思い出して、少し笑う。センターになれる、っていうのを、すごく押していた気がする。 「他の皆さんも、どうぞ前に並んでくださーい。ちなみに、撮影は自由です!」  坂下君の声を合図に、下がっていたみんなも顔を出した。こういうのは、会長が真ん中じゃないと何となく落ち着かないんだけど……会長を見ると、無言で肩を押される。うわ。会長と雫の間に立たされ、そわそわする。 「うー、なんかヘンな感じ」 「何が?」 「俺ってこーいうキャラじゃない気がー」  ほら、隅っこにさりげなくいたり、奥にさりげなくいたりする方が、似合ってない? 「ま、たまにはいいんじゃねーの」 「ほら、撮られるぞ」  一歩引こうとするのを、雫に肩を抱かれて止められる。会長も、さりげなく腰に腕を回して、俺が下がるのを阻止してきた。うう、意地悪な人たちだ。周りを他の役員や風紀委員長たちが囲むようにして、準備をする。メインのカメラマンは、もちろん、新聞部の波多野部長だ。 「はい、チーズ」  ふは。部長が真面目な顔でお決まりの文句を言うから、つい笑ってしまった。雫も会長も、楽しげにしている。部長のカメラのフラッシュがたかれると同時に、観客がそれぞれ構えたカメラのシャッターを押す音が、鳴り響いた。  ――まあ、たまにはいいかな、こういうのも。  「――以上をもちまして、人気投票結果発表を終わりにします」 「たくさんの投票、ありがとうございました!」 「今後もご支援、よろしくお願いします!」  上本君と坂下君が頭を下げると、多くの拍手と歓声が、会場である校庭に響いた。  ――俺からも、よろしくお願いします。  向けられるカメラに気付いて笑いかけ、俺は、会場を後にした。  いよいよ、夏が、始まる。 人気投票結果発表 1位 281票 鈴宮流 2位 123票 天乃雫 3位 122票 各務総一郎 4位  57票 久遠明良 5位   7票 城戸昴(風紀委員長) 6位   5票 緒方甫(前会長) 7位   3票 千堂兄弟 8位   2票 平良光汰         北野柊介         谷崎旬 9位   1票 鈴木ハル(風紀副委員長)         波多野竜二(新聞部部長)         匡野(保健医) 総数・607票 たくさんのご協力、ありがとうございました!!! 椎葉と剣菱で反省会  「何故だ……ッ、何故、俺と剣菱には1票も……!」 「し、椎葉さん……」 「いや、この際俺のことは良い。何故剣菱に、何故剣菱に1票も入らないのか、不思議でならない。こんなにも可憐で清楚で可愛くて健気で頑張り屋さんで一生懸命で良い子だというのに……!!」 「いやあのえっと」 「――ハッ! しまった! 俺が! 俺が、票を、たくさん入れればよかったのではないかー!」 「し、椎葉さん、それって不正、」 「く、気付くのが遅かった! すまん剣菱、今からでも票を――!」 「や、やめて椎葉さんお願いだからやめて」 「止めるな剣菱! これは、俺とお前のための戦いだ――!」 「もう終わってますから、結果出ちゃってますから」 「ふ、……そうだな。取り乱して悪かった」 「椎葉さん……」 「だが! 次回は! 誰がなんと言おうと、剣菱に票をたっぷり入れてやるからな!」 「だからそれ、不正……」 「知ってるか、剣菱。――愛の前では、規約も脆く崩れ去る」 「格好つけても駄目ですってば」 「遠慮するな、お前の魅力は一目瞭然だ。たくさん票が入っても、不自然ではない!」 「あの、椎葉さん、俺、思うんですけど」 「なんだ?」 「真面目に働けば、いいんじゃないですか」 「け、けんびし……!」(がばっ) 「だっ、抱き着かないでください」 「いやすまんお前の真摯な眼差しに俺の紳士が対応できなかった」 「意味がわかりません」 「そうか……、そうだな」 「わかってくれましたか?」 「ああ。……真面目に働き、且つ、お前に票を入れよう」 「(駄目だこいつ早くなんとかしないと……)」 「そうと決まれば、行くぞ」 「えっ、ど、どこにですか?」 「生徒会室に決まっている。各務と鈴宮にばかり、良い恰好はさせられないだろう」 「椎葉さん……」 「たっぷり、補佐してくれよ?」 「は、……はいっ」  「仲良きことは美しき哉、ってね。――良い一面が飾れそうだ」  一部始終を眺めていた波多野は、椎葉と剣菱の会話をカメラに撮って、ニヤリと笑った。【恋は盲目 副会長の愛ある覚悟】と題した裏新聞が発行されるのは、結果発表から僅か2日後のことだった。 おわる。

ともだちにシェアしよう!