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第5章 パーティ! (7)

7  私立黄栗(きくり)高校は、由緒正しい女子高であり、我らが桃華学園とは創立以来硬い絆で結ばれている姉妹校である。創立者同士が兄弟という、そういう意味でも同じ系列の学校だ。しかし、孤島に位置する男子高と女子高だ、間違いが起きにくいように、その校舎は離れた位置にある。女子高が北側、男子校が南側ってな立ち位置だ。間には繁華街があり、一応、繁華街を中心に、お互いの学校を結ぶバスの路線は通っている。  平良くんの手を引いた俺は、バスに乗って女子高を目指した。バスに乗って、二十分程度の距離だ。放課後という時間の所為だろう、乗客は少ない。段々と景色が見慣れないものへと変わって行く。そういえば、女子高へ行くのは初めてだ。  バスが減速する頃、大きな校門が見えてくる。うちの校門もそれなりだけれど、なんというか、厳かな感じがする。銀色に象られ、門の上には二体の天使像。開いた門の先には、まるで教会のような、白く綺麗な校舎が見えた。  バスのドアが開いたのを合図に下り立って、校門へと向かう。 「だっ、大丈夫、大丈夫だよ平良くん大丈夫だからね」 「鈴宮さんが大丈夫じゃなさそうです」 「あっ、バレた」  うっ、だって緊張する。  下りる俺らと入れ替わりにバスに乗るのは白いセーラー服に身を包んだお嬢様だし、校門から出てくるのも白いセーラー服に身を包んだお嬢様だ。つまり、お嬢様しかいない。  相変わらず口数が少ない平良くんから尤もな指摘を受けつつ、俺は足を進めた。空は、まだオレンジ色が残っている。  お嬢様方からあからさまに好奇の目を向けられながら、俺たちは、黄栗高校の門を潜った。 「何用だ貴様」  潜った瞬間、半端ない殺意と、薙刀の切っ先を向けられる。  最早説明する必要もない気がするけど、その主は、薙刀ちゃんだ。こわい。 「いや会計ちゃんが困ってるっていうからー」 「というのを口実に女子に近付くつもりだろう、殺す」 「いやいやいやいやいや」  躊躇ないよこの子! こわい!  思わず平良くんの影に隠れそうになったところで、「待って!」と可愛らしい声が聞こえた。ぱたぱたと走る足音つき。 「葉月ちゃん、本当にわたしが呼んだの」 「む……」 「う、すずみやさん、すみませんんん」  息を切らした清楚ちゃんが、俺を見るなり、ぶわっと泣き出した。ぺこぺこ何度も頭を下げて、溢れる涙を手の甲で拭っている。 「いやいやいや泣かなくていいから大丈夫だから」  女の子に泣かれると、どうしていいのかわからない。  慌てて両手を振って、傍にいる平良くんの手を掴んだ。 「ほら、うちの超頼りになるスーパー監査も連れてきたから大丈夫!」 「い、いえ、そんな」  あ、平良くんが照れてる。よしよし、素直でかわいい後輩だ。でかいけど。 「とっとと計算してばっちり合わせよー」 「うう、ありがとうございますーー」  ピンクのハンカチで涙を拭き、何度も何度も頷く清楚ちゃんに頷く。――相変わらず、ぐるる、とでも唸り出しそうなのは、薙刀ちゃん。 「君も監査なんでしょ、今日は敵じゃなくて味方だからほら落ち着いて」  なんて言って、さりげなく肩を組もうとしたら、容赦なく振り払われる。 「調子に乗るな殺すぞ死ね」 「すみませんもう触りません」  赤くなった手を押さえて頭を下げる。  人生で一番、憎まれてる気がする。  すれ違うお嬢様方からの好奇の視線に晒されながら、俺たちが案内されたのは、生徒会室だ。お嬢様校ってのは不思議で、校舎の中から既にいいにおいがする気がする。不思議だ。  生徒会室だって、うちの殺風景な部屋とは違う。白い扉は観音開きだし、開いた先にはまず、広い窓が見える。夕焼けが差し込む中、アンティーク調のテーブルの前、同じくアンティーク調のソファに腰掛けた金髪ちゃんが、執事さながらイケメンちゃんが注ぐ紅茶を、美味しそうに飲んでいる。優雅だ。 「あら、いらっしゃい」  気がついた金髪ちゃんが、手を止めて言った。透けるような金髪は相変わらず綺麗で、お人形みたいだ。 「よく来てくれたね」  爽やかに笑うイケメンちゃん。白いセーラー服というお嬢様の制服に身を包んでいるはずなのに、オーラはものすごいイケメンだ。これが王子様ってやつか、と納得できるものがある。 「呼ばれたので仕事しに来ましたー」 「助かるわ、そっちも忙しい時期でしょう」 「いえいえ、女の子が困っていたら放っておけないでしょー」 「鈴宮さん……」 「あ、しまった」  そういうこと言うなよって言われてたんだった。  平良くんの窘める声に口を閉ざすと、薙刀ちゃんの薙刀の切っ先が俺に向かう。 「やはり貴様下心ありきでここにいるな!?」 「ややややめて葉月ちゃん落ち着いて」 「あはは、わかるなあその気持ち。女の子は本当、可憐で天使だよね」 「この人たちは放っておいて、どうぞアナタは作業を始めて」  金髪ちゃんは流石生徒会長だなあ。  薙刀ちゃんを背中から押さえる清楚ちゃん、朗らかに笑うイケメンちゃんをスルーして、冷静にそう進言してくれる。  有り難く頷いて、やっぱりアンティーク調な作業机の上に、持って来た資料をどかっと下ろす。愛用の電卓も出して、準備はばっちりだ。  清楚ちゃんが慌てて出してきた、例の計算が合わない予算案の計算を始めた。  「あちゃー、本当に合わないねえ」  確かに、何度やっても、余りが出る。何かしら、必要な部分が抜けているんだろう。 「そそそそうなんですううう」 「前の行事から照らし合わせた? そっからズレてんのかも」 「ま、まだです……」 「じゃあそれから」 「もう、やってます」  さ、さすができる子平良くん!  隣のテーブルで別の資料の計算を始めていた。  黙々と作業した後、「合いません……」と首を振る姿に、ううん、と腕を組む。 「うちの予算ってどれくらいだっけ」 「これですね」 「差額がこれだけあるからー」  お互いの資料を付き合わせて、どこか矛盾がないかな、とか、抜けが出てないかな、とか、色々と調べる。清楚ちゃんも一生懸命探していたし、あれだけ敵意むき出しだった薙刀ちゃんも、黙って資料に目を通していた。  ――でも、進展がない。  そのまま、大きな窓ガラスから差し込む光が弱くなり、見えるのは藍色の冬の空になってしまった。  そのとき、生徒会室のドアが開く。 「よお」  全員が注目した先にいるのは、黒髪短髪、男前でイケメンの。 「あら、各務総一郎」 「か、会長!?」  金髪ちゃんは驚くこともせずにフルネーム呼びだ。  俺はびっくりして、思わず立ち上がった。  会長が、何故ここに? 「急いで出てったから忘れてんぞ」 「え」 「最新版の差し替え」 「あ」 「お前も予算案、一回ズレたとか言ってただろうが」  会長が手にしたクリアファイルで、ぽん、と軽く叩かれる。  そのままそのクリアファイルを受け取った。最新版の予算案が入っている。 「あー、そうだった。文化祭の余剰分を計算してなかったんだよねえ」 「あっ!」  あのときは俺も平良くんも、ひーひー言いながら何回も計算していた気がする。  その言葉がヒントになったのか、清楚ちゃんが何かをピンと閃いて、すごい勢いで資料を探し出した。あらゆるファイルを見まくっていて、一枚の紙を取り出す。 「あ、あああ、あった、あった、ありましたあああ!!!」  会計報告のコピーだ。 「文化祭の売り上げ金が一部、抜けてたんです……」 「文芸部の報告が遅れていた分か」 「そうです、それです。これを入れれば……」  今まで何度も何度も計算したものをもう一度上から順に足していき、最後に、今出て来た会計報告の中から、追加された売り上げ金の分を足して行く。 「あ、……合った……!」 「おお、よかったー」 「おめでとうございます」 「うう、ありがとう、ありがとうございます……!」  心底安心した清楚ちゃんが、ぶわっとまた泣き出した。涙腺が緩い子だ。 「流石会長、ヒーローみたいっすね」  会長の隣に行って囁けば、驚いた顔をして俺を見る。  そして一つ、息を吐いた。 「えーなんすかそのリアクション」 「いや、なんでもねえよ」  清楚ちゃんが薙刀ちゃんやイケメンちゃんに宥められるのを横目に、俺たちは帰り支度を始める。 「各務総一郎」 「何だ」 「今回は借りが出来てしまったわね」 「俺じゃねえだろ」 「アナタたち生徒会に」  会長を見上げる金髪ちゃんの目は、(俺に対する薙刀ちゃんほどじゃないけれど)相変わらず厳しい。 「いつか返してくれるんだろう」 「ええ、勿論ですわ」 「期待しておく」  会長は会長で、相手が可憐な女の子でも容赦ない。  ある意味強い。

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