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第5章 パーティ! (9)
9
すぐに寮に帰る平良くんに、今日付き合ってくれたお礼をして見送った。俺もすぐに帰りたいけれど、持ち出した資料があるから、生徒会室に寄らないといけない。会長も用があるみたいで、一緒に校舎に戻った。夜の校舎は真っ暗……と思いきや、まだまだ電気が点いている部屋がある。主に手芸部と、新聞部だろう。おつかれさまです……。
生徒会室に着いて、すぐに資料を元に戻す。広い窓もアンティーク調の家具もないシンプルな部屋だけれど、やっぱり落ち着きます。会長も、会長の机に資料を戻している。
「わざわざありがとーございました」
「本当にな、急ぎすぎだ」
「う、さーせーん……」
口の悪さは健在だけれど、何も言い返せない。
でも正直、会長がわざわざ来てくれるとは思わなかったから、驚いた。
「なんで止めたんだ」
不意に、会長が聞いてくる。
一瞬、何のことかわからなかった。
「なんでって」
「あの子、何か言いかけてただろ」
ああ、あの子のことか。
さっき、バスの中で、槍が降るんじゃないかとまで言われたこと。
会長の机の前に立つ会長が、俺を真っ直ぐ見て尋ねて来た。
男前のそういう顔、迫力があるからニガテだなあ。
俺は軽く、肩を竦める。
「俺に聞く権利はないと思った」
「好みじゃねえのか」
「まさか、超かわいいじゃん」
大きくてまん丸の目、さらさらストレートの黒髪、おしとやかな雰囲気、そして周りにお花が咲くみたいな笑顔。きっとダンパで、彼女はうちの男子の視線をかっさらうだろう、そんな理想の女の子。好みじゃないなんて言ったら、バチが当たる。
「前さあ、会長言ってたでしょ」
「なにを」
「俺が女の子好きなのを、性的にとか、恋とか愛とは違うって」
「そうだったか」
「あれさあ、」
あのときには、さらっと流して、誤魔化した気がする。
今だって、会長の顔を見ることはできない。
本音で話すのも、ニガテ。
「図星中の図星」
だけど、真っ直ぐ見てくる会長を、今日も誤魔化す気にはなれなかった。
伏し目がちに、笑う。
「俺とおんなじようにさ、絶対本気にならないだろうって子を選んで、一時的に遊んでただけだった」
好みのタイプは、後腐れのないかわいこちゃん。
それって結局、そういうこと。
「傷つけるのも、傷つくのも嫌なんだ」
「鈴宮……」
「でもさ、」
会長が、俺の前に立ったのが、視界の端に見える靴の先でわかった。まだ、顔は上げられない。きっと、よくない表情だから。
「そういうのが、一番傷つけてんのかもね」
俺に、本気になってくれる人を。
――さっきの、清楚ちゃんの顔を思い出す。
今にも泣き出しそうな、赤くなった顔。
俺に向けるなんて、勿体ないぐらいの、一生懸命な表情。
思い出すと柄にもなく胸が締め付けられそうで、――不意に、実際に胸が締め付けられた。
「わ、」
目の前の会長が、腕を伸ばして、正面から抱き締めてきた。
しかも、結構強めに。
「か、かいちょ?」
顔を見たいけれど、この距離じゃそれはできない。
呼んだら、頭をわしわしと撫でてきれた。
あ、これは。
「慰めてくれてますか、もしかして」
不器用な会長なりの、言葉じゃない慰め。
「うるせえ黙ってろキスするぞ」
「黙りますすみません」
言葉は相変わらずぶっきらぼうだ。
でも何だかその言いように、笑ってしまった。
決して柔らかくはない、がっしりとしたその身体に抱き締められるまま、肩口に顔を埋めた。せっかくの厚意だ、甘えないわけにはいかない。
「ふは、明日はマジで槍が降るかもー?」
「そしたら休校だな」
「ですねー」
乗っかってくるのも珍しい。
会長の手が、俺の背中を、ぽんぽんと軽く叩いてくれる。まるであやすような仕草だ。
「そういうこと、朱莉ちゃんにしてあげてたの?」
「あー、そうだな」
「お兄ちゃんっすねー」
「どっかの誰かが泣きそうだからな」
「誰のことかなあ」
「いいんじゃねえか」
会長は、いい声だ。
低くて通る声が、耳元で囁く声は、いつもよりも穏やかだ。
「お前はそれで」
「え?」
「お前が誰かに本気になったら、また変わるんじゃねえの」
「そうかなあ」
「それまでは、今のままでいろよ」
「会長って、」
ちらりと顔を上げて、近い位置にあるその横顔を見る。
俺の方は見ていないけれど、決して冗談は言わない、真面目な顔。
「いい人っすよねえ」
しみじみ呟いたら、会長が、っごほ、と咳き込んだ。
「え、俺、変なこと言いましたか」
「いや……なんでもねえ」
そしてまた、頭をわしゃわしゃ撫でられる。
この感じ、久し振りだなあ。
――今日は少し、甘えよう。
この、不器用で男前な、みんなの生徒会長に。
生徒会室を出て寮に向かう途中、手芸部の電気がまだ点いていることに気付いたから、会長に別れを言って少し顔を出すことにした。そーっとドアを開けてみる。
「もう少し! もう少しよ! 本番まであと一週間しかないのよー!」
「うっ、はい、わかってます、わかってますけど……」
「うう、手が動かない、指が動かない、あっ針刺さった」
「もうやだねむたいねむりたいあっおはなばたけ」
「しっかりしなさいアンタたち! 布は勝手に縫われてくれないのよ!!」
あっ、まさにこれ、阿鼻叫喚。
俺に出来ることは何もないとふんで、そうっとドアを閉めた。
明日、栄養ドリンクの差し入れを持って来よう……。
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