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第5章 パーティ! (14)
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三日目は、最後の日だから、授業が午前中で終わる特別日課だ。三年生の部と、ダンス・パーティの目玉であるフリー・タイムがある二部構成だ。そして最後には、冬の思い出を刻みつけられるように、後夜祭も行われる。(文化祭のときとは違って、女人禁制なんてことはない。むしろ女の子大歓迎の時間で、この時間に誕生するカップルも多い)
お嬢様を送るバスも、今日は台数も本数も多い。三年生に加えて、フリータイムで踊る約束をしている一年生や二年生がいるからだ。今日もまたお出迎えに行き、講堂に案内をして、三年生の踊る時間となる。
今日は本部席に座って、眺めるのがメインだ。
――フリータイムは、何故だか雫と踊るみたいだけれども。
「わあ、すごいですね!」
剣菱くんがきらきらした眼差しを向ける先は、今日もまた放送部の合図で入場してきた、三年生たちだ。
男子生徒たちがお嬢様方をエスコートしながら入場する様は、流石に最上級生ということもあって、気品を感じる。
その中でも特に目立つのは――勿論、先頭に立つ、会長だ。
シンプルなタキシード、長身、身体の厚み、姿勢のよさ、もう完璧すぎて怖い。
「完璧だね」
「流石だね」
双子も、腕を組んで頷いている。平良くんもだ。
その隣に立つのは、真っ赤なドレスに身を包んだ金髪ちゃん。――いや、金髪ちゃんなんて、いくら心の中で呼びかけるのも失礼なんじゃなかろうかって位に、気品を感じる。生徒会の子たちが呼んでいた、麗華様、っていうのがしっくりくる。二つに結んだ金髪は今日はセットされていて、銀色のティアラが本物のお姫様みたいだ。
それぞれが場所についたのを合図に、生演奏が始まる。ステップが踏まれ、ダンスが始まるけれど、ドラマの一場面のように華やかだ。
一際目を惹くのは会長だけれど、それ以上に背が高いわりに、少し不器用にお嬢様を引っ張るのは、風紀委員長だ。やっぱり会長以上にガラが悪い。眼鏡にオールバックなインテリヤクザ風で、黒いタキシードがある意味びしっと決まっている。
その近くにいるのは、爽やかな笑みを浮かべて、スマートにエスコートをしている鈴木さんだ。それほど背は高くないが、姿勢も良いし、スタイルも良い。王子様みたいな笑顔に、相手の女の子はぽうっと頬を染めている。
ペア替えの時間に、風紀委員長とすれ違う隙に何か一言話して、委員長が反応している。ものすごい仲良しだ。
「ん……、あれ、誰?」
ふと目に付いたのは、黒髪のイケメン。
背はそれほど高くないのに、顔がめちゃくちゃ整っている。そう特徴はないんだけど、全体のバランスがすごく良い。さらさらの黒い髪が上げられて、表情を作っているわけでもないのに、さりげなくエスコートする手に、相手の子はもう彼に釘付けだ。こんなにカッコイイ人、いたっけかな。
「ああ、あれは……」
「新聞部の部長だね」
「えっ」
「波多野さん、です……」
「え!」
双子も平良くんも、特に驚いた様子なく教えてくれた。
えっ、波多野さんってあんなにイケメンだったの!
いつも前髪と分厚い眼鏡で隠れていたその下の素顔が、こんなに整っていたなんて。
――不意に、文化祭の仮装コンテストで現れた、白いワンピースの美少女の姿が頭を過ぎった。……まさか、ね。
「わあ、椎葉さん、かっこいいですね」
剣菱くんの声に、視線を向けると、その先には、やっぱり目立つ副会長の姿。長い髪を揺らしながら、可愛らしいお嬢様をエスコートする仕草は、さながら宝塚の男役のようだ。いや、男の人なんだけど。
女の子の目がハートになっている先には、紺色のロングドレスに身を包んだイケメンちゃんがいる。まさに、宝塚。男装ってわけじゃないのに、背筋を真っ直ぐにしてダンスを踊る姿は人目を惹いた。しかもその相手が、女の子ってのがまた、色んな意味で涙を呑む男が増えそうだ。
さらにその近く、キラキラとした装飾がどうしても視界に入って目線を移すと――こっちも、長い髪を揺らしながら、楽しそうに踊る人――というより、銀色に輝くタキシードという、目にうるさい衣装が半端なく目立っている。その持ち主は勿論、我らが手芸部前部長、花田さんだ。
「なんつーか、濃すぎじゃない? 3年生……」
「流石だね」
「勝てない」
「ほんとに、皆さんすごいです!」
「です……」
もう、おなかいっぱいです。
――三年目というだけあって、三年生のダンスは、見ている方もつい見とれてしまうほど、流暢なものだった。
音楽と合わせて気品がある佇まいの人たちが多くて、さすがお坊ちゃん・お嬢様学校の人たちだと納得してしまう。
最後の曲が終わり、ぴたりと動きを止めるのも、流石の仕草だ。終わった後は、観客である他の学年の生徒から、大きな拍手が沸き上がった。勿論俺も、立ち上がって手を叩く。
三年生の時間と、フリータイムの間には、長めのインターバルが入る。そこが最後の、誘い・誘われのアピールタイムだ。主に三年生の番になるわけだけれど、やっぱり、人気は集中する。講堂に残っている人たちの中で、何カ所か、女の子が固まっている部分が出来ている。
「もう俺は相手が決まっている」
「お願いします!」「じゃあせめて写真だけでも」「連絡先を」とかわいこちゃんたちに群がられているのは、言わずもがな、我らが会長だ。会長は珍しく少し困ったように、控えめに断っている。
「城戸、ほら、笑顔笑顔」
「うううるせえな」
「怖がられちゃってるじゃん」
爆笑する声に、視線を向けると、鈴木さんが委員長の肩を叩いているところだった。そこだけ、見事に、女の子が……いない、というよりは、遠巻きに見守っている感じだ。話しかけたいけど、近付くと委員長がギロリと睨むという……この人、色んな意味で勿体ないなあ。
「いっそ俺たち一緒に踊る?」
「っざけんな誰がだ」
まあ、なんだかんだ、この二人は仲が良い。
そしてもう一塊、女の子が集まっていると思ったら、その先にいるは謎の美少年――波多野さんだ。
「ごめんね、俺は」
きゃあきゃあと女の子たちが我こそはと手を挙げる中、波多野さんが腕を伸ばし、一人の女の子の肩をぐいっと引き寄せた。「きゃ」と声を出して驚いた表情を浮かべるのは、波多野さんと同じ位の身長で、緑色のドレスを着た――ヘアバンドちゃん。えっ。
「あの二人、付き合ってるらしいぞ」
「えっ」
肩に重みが乗ったと思って見上げると、俺の肩を抱いてくる雫の姿がある。今日も黒いタキシードに、青いネクタイだ。
事も無げにさらりと言ってくるから、驚きが隠せない。
「あの子と滅茶苦茶いい感じだったじゃん、雫」
「は?」
「え?」
「まだ言ってんのかよ、同志だって同志。あ、」
「ん?」
「や、ヤキモチフラグかよー! おま、急にそういうの止めろよな!」
「ちょっと待って雫落ち着いて意味わかんない」
何故か急に顔を赤くして身体を離した雫に、俺の思考回路はついて行けない。
小さく息を吐いて、視線を辺りへと向ける。
「あ、始まるね」
「何?」
「会長同士の」
「ああ、」
毎年恒例、会長同志のエスコートは、必然的に注目が集まる。会長同様、男子生徒からの求愛をさらりと躱した金髪ちゃんは、ドレスの裾を摘まんで会長の前に来て、ぺこりと頭を下げる。小さな身体の全身から、気品が溢れ出ている。
「俺と、踊ってもらえませんか」
会長が、床に跪いて、金髪ちゃんに向け手を差し出した。
金髪ちゃんは、ふわりと笑う。
その笑顔が作られたものかどうかはわからないが、周囲がきらきらと輝いて、花が舞った気がする。女の子、すごい。
「ええ勿論、喜んで」
金髪ちゃんが会長の手を取り、会長は、金髪ちゃんの手の甲に唇を寄せる。実際に触れているかどうかまでは、ここからは見えない。
二人のやり取りを眺めている俺たちは、ここで、大きな拍手を向ける。っていうのが、例年のお決まりだ。
生徒会長はそれぞれの学校の顔だから、互いの友好の印でもあるっていうので、伝統になっているらしい。
思わず見とれていたら、「そろそろフリータイム始まりますので、参加予定の皆さんは準備お願いします」と、実行委員の声が聞こえてくる。
「ほら、行くぞ」
「マジで踊るの」
「今更だろー?」
俺の肩を抱いて促すこの雫、ノリノリである……。
ああ、親友と踊るなんて、去年の俺は、想像すらしていなかった。
フリータイムは、長めの一曲を、ペアの交換なしで踊る時間だ。入れ替わり立ち替わり、色んな人と出会っていた学年ごとの時間とは違い、二人きりの濃密な時間となる。申し込みを断られた憐れな子羊たち(主に男たちだ)は、ギャラリー席から涙を呑んで見守るしかない。
それぞれが立ち位置に立ったのを合図に、重厚なヴァイオリンのソロが始まり、それから一気にオーケストラの音が重なり合う。そんな雰囲気の中、俺の目の前にいるのは――。
「女役、板についてるじゃねえか」
「うっさいな、体育の時間真面目にやったんだよ」
イケメンの幼馴染み(男)でした。
ノリノリの雫が俺の肩を抱いてエスコートをし始めたから、自然の流れで俺がエスコートされる立場になるわけで……、うっ、あのときの特訓(?)のおかげで、女側のダンスのステップを完璧に覚えてしまっている自分が憎い。
身長差的にも俺の方が若干低いし、まあ、仕方ないっちゃ仕方ない。
――と思って横を見ると、そこには、俺らと同じようなタキシード同士で踊っている影がある。
「これ、絶対逆じゃないか……」
「ああ? 俺が申し込んだからこれでいいんだよ」
「そういうものなのか……?」
後ろに小さな北野くん、前には大きな平良くん。
平良くんが心持ちか膝を曲げて合わせてあげているのが、微笑ましい。この二人、三十センチくらい身長差があるんじゃなかったかな……。ガンバレ、平良くん。北野くんは、この子のこんな顔初めて見る、ってくらい、幸せそうだ。
その向こうには、清楚ちゃんと、……あ、薙刀ちゃんが、楽しそうに踊ってる。
波多野さんとヘアバンドちゃんも、美男美女でお似合いだ。
中央には、会長と金髪ちゃん。――あ、会長と目が合った気がするのに、すぐ逸らされた。やっぱり、金髪ちゃんには適わないかあ。
「おい、集中しろよ」
意識があちこち行ってたのを、目の前の雫に引き戻される。改めて見れば、雫の顔は真剣だ。
――一曲分が終わるまでは、何があっても踊りきらないといけない。
幸い、と言っていいのかわからないけれど、同性で踊っているのは俺たちだけじゃなさそうだし。
気を取り直して、俺は、幼馴染み(男)とのダンスに集中した。
「葉月ちゃん、ありがとうね」
不自然じゃないくらいに女役に慣れている鈴宮と、その相手役の男子生徒のペアが近くを通りがかったときに、つい、葉月の表情が険しくなる。それに気付いているのかいないのか、梨子が眉を下げて笑いながら言うから、葉月の視線が梨子に向かう。
「今わたし、すごく楽しい」
「そうか、……よかった」
梨子がふわりと笑うのを見て、葉月は一瞬目を瞠り――満面の笑みを、浮かべた。
安堵と嬉しさが綯い交ぜになった、素直な笑み。
梨子はその表情に瞬いて、また、笑う。
「葉月ちゃん、笑うとすっごくかわいいね!」
梨子の言葉に息が止まり、真っ赤になったと思えば躓き、転びかけたところを梨子に引き留められる葉月だった。どちらがエスコート側だか、わかったものではない。
中央の位置では、各務が白鳥坂の背を抱いて、完璧なステップを踏んでいる。しかし、視線はどうしても、タキシードのペアの所へと向かって行く。男同士で踊る機会なんて体育の時間以外にないだろうに、二人の息は、不思議と合っているように見えた。
――不意に、此方を見る鈴宮と、目が合った。
思わず、つい、と逸らす各務だ。
気にしているだなんて、思われたくはない。
実際、気になって仕方がないのだけれど。
「ねえ、各務総一郎」
一瞬、ステップがずれてしまった。
慌てて白鳥坂に目を遣ると、彼女の青くて丸い瞳が、じっと各務を見上げている。
「なんだ」
「あなた、恋ってしたことある?」
純粋で真っ直ぐな、そして正直な問い掛けだった。
各務は一瞬、息を呑む。
海のようにも、空のようにも見える異国の血の濃い瞳の前では、どんな嘘も暴かれる気がした。
無意識に探すのは、黒いタキシードを着たホスト風情の男。
「――ああ」
後ろの男と言い合いながらも恙なく踊る様子を見て、各務は笑って頷いた。
その顔が初めてみる表情で、あまりにも優しいものだから、白鳥坂は、ほんの一瞬、目を奪われる。そして、とくりと高鳴る小さな胸に、人知れず戸惑うのだった。
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