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第5章 パーティ! (13)

13  二日目も、大体同じ流れだ。大きな違いは、俺たち二年生が中心になって踊るっていうところ。  今日も放課後、授業が終わったら、すぐに着替えて、生徒会役員ちゃんを筆頭に、二年生のお嬢様方を迎えに行く。  生徒会役員のお嬢様方は、昨日とドレスの色が違っていた。俺たちは同じタキシードなのに、手芸部の力の入りようが桁違いだ。女の子、すごい……。金髪ちゃんはレモン色の丈が短いドレス、イケメンちゃんは紺色、清楚ちゃんは淡いピンク、薙刀ちゃんはオレンジ、ヘアバンドちゃんは黄緑色。こうして色だけ紹介すると、まるで彼女たちが美少女戦士みたいに見えるから不思議だ。  今日もまた会長が筆頭に金髪ちゃんをエスコートし、俺たちは最後尾をついていく。その間、去年遊んだ子や、以前何度か声を掛けた声と目が合った。 「まさか流が生徒会とはね~」 「いやほんとにね」 「どう? 今年はこの後……」 「すげー魅力的なお誘いだけど、流石に厳しいよねえ」 「あっは、だよね!」  ガンバレ生徒会ー! なんて朗らかに笑って先を行く、赤いドレスに身を包んだ茶髪の巻き毛のカノジョは、後腐れないかわいい子、の代表格だ。きっと今日も程良い遊び相手を見つけて楽しむんだろう。うっ、羨ましい……。 「鈴宮さん……」  あっ、視線が痛い。  いや、清楚ちゃんも薙刀ちゃんも、先頭の方にいる筈だし……と思って見たら、しょんぼりしているような剣菱くんでした。 「いやっ、全然っ、今年は俺真面目に頑張るんで!」 「俺、見てますから」 「え」 「鈴宮さんが踊るの、楽しみにしてます」  剣菱くんが笑うと、不思議と周りに花が舞う。   「これはもう、流」 「逃げられないね」  後ろで双子二人が楽しげに言うから、半眼で見返してやった。  元々、逃げる気ねーっつーの! 「俺の使命、汚名返上、ですし?」 「やる気だ」 「やる気だね」 「応援してます……」  平良くんが真面目に頷いてくれる。  君だけが唯一の味方だ、平良くん。  今回は、本部席ではなく、ダンスホールに入場する。準備のためにダンスホールの入り口に向かうと、既に二年の男子たちが列を為している。その隣には、お嬢様方の列。双子と一緒に列に入ると、見慣れない格好をしている見慣れた姿があった。 「おー、似合ってんじゃん」 「そっちもね」  目が合って声を掛けてきたのは雫だ。ノーマルなフォーマルスーツに身を包んで、濃い青のネクタイを結んでいる。白い手袋と、半分上げた髪は、悔しいけれどイケメンだ。女の子たちも、雫の方を見てひそひそと何やら囁いている。ついでに、双子も視線を集めていた。唯でさえ目立つ金髪長身に、整った同じ顔が並んでいるんだ。女子の視線を掻っ攫うのも頷ける。中身を知らなければ、余計。 「何か緊張するなあ」  何でって、そりゃあ、射殺すような視線が向かってきているし。勿論その主は、今日は武器を持っていない薙刀ちゃんだ。ちょっと粗相しそうものならもう、針の筵は確定ですよねこの雰囲気……。 「大丈夫だよ、流」 「骨は拾うからね」  双子が爽やかな笑みを向けてくるのが、腹立つ。 『それではダンス・パーティ、二日目の開幕です。レッツ・パーティ!』  テンション高い放送部のかけ声と同時に、観音開きになっている講堂のドアが開く。それを合図に、列が動き出して、それぞれが、練習の通り、ホールに散り散りになって、女子をエスコートし始める。  ――いよいよ、俺たちの番だ。  背筋を伸ばして、俺も歩き出した。  体育の時間とはまるで違う雰囲気だ。まず、生演奏っていうのがすごい。迫力があるし、CDの音源とは全く違って、緊張感が増す。目の前にいるのはジャージを着込んだ男ではなく、それぞれが可愛らしく着飾った女の子たちっていうのが、一番の違いなんだけれども。授業で習った通りにエスコートする。触れ合う掌は小さくて柔らかいし、身体のラインを強調するカラフルなドレスは、思春期真っ盛りの俺たちには少々目の毒だ。細いヒールの靴から覗く足を踏まないように、そしてその華奢な身体を壊さないように、細心の注意を払いながら身体を動かす。  広い講堂とはいえ、この人数が一斉に踊るのだから、気を付けないとぶつかり合ってしまう。周囲を見ながらエスコートするのは骨が折れるけれど、お嬢様方に怪我をさせるわけにはいかない。  そんな中でも目立つのは、双子だ。同じ顔をした千堂二人が、代わる代わる女の子をエスコートする姿は、人目を惹く。相手となっている女の子も、ぽうっと頬を染めている。雫も負けていない。然程乗り気ではなかった筈なのに、器用に何でもこなしてしまうのがあいつの腹立つところだ。表情は硬さがあるけれど、丁寧に扱うから、女の子たちも目をハートにしている。 「おい貴様」  そう、丁寧に扱わないといけないのだ。  今日この日ばかりは、どの女の子も、世界にただ一人のお姫様。  例え、下から射殺すような視線を向けられても、それは決して揺るがない。  手を重ね、背中に手を宛がいながら音楽に合わせて踊るとなると、どうしても視線を合わせないといけない。  瞳を下に下ろし、――俺は瞬いた。  頭の上で一つにまとめた黒髪が動く度に揺れ、それを括るリボンと同じ色のオレンジ色のドレスは、胸元が開いてスカートの裾がふんわり丸い女の子らしいシルエット。化粧に彩られた顔も、いつもよりも華やかだ。例外はない。彼女も、今日はお姫様の一員だ。 「せっかく可愛いんだから、眉間の皺、止めたらいいのに」 「なっ、」  思わず、本音がぽろりと口から出た。  薙刀ちゃんは言葉を失い、じわじわと目許まで赤くしている。あ、滅茶苦茶怒ったかな、これは。 「きっ、貴様のそういうところが、大ッ嫌いだ!」  あー、更に嫌われた。嫌われレベル、カンスト中。  こうなっても仕方がない、音楽の切れ目まで、ペアの交換は出来ないルールだ。もうちょっとだけ我慢してね、薙刀ちゃん……。  心の中で彼女に同情しながら、決められたステップを踏んでいると、薙刀ちゃんがちらりと見てきた。視線が合う。 「梨子を、泣かすなよ」  ぼそり、小さな声が耳に届いた。  梨子、梨子ちゃんって誰だ。  遊んでいた子にいたっけかな、と頭の中をフル回転させて、一つの可能性に行き着いた。 「会計ちゃん?」 「あいつは、純粋なんだ」  否定されないってことはそうだろう。  折角合わさった視線がふいと逸らされて、呟かれた言葉は、決して軽くない。 「大好きなんだねえ」 「なっ、ちが、そういうわけじゃ、」  薙刀ちゃんが清楚ちゃんを思う気持ちが俺にまで伝わってきて、つい、しみじみと零してしまった。薙刀ちゃんは弾かれたように顔を上げて抗議をしてくるけれど、その顔は真っ赤で説得力がない。  ――なるほど。  うちの学校で男同士の恋愛がある意味普通になっているように、女子高では女の子同士っていうのも不思議じゃないことなのかもなあ。  きっと、どの男と踊るときよりも、女の子らしい顔をしている薙刀ちゃんを見下ろして、俺は小さく笑った。  ――まあ、余計はことは言いませんけども。 「と、とにかく、変な真似をしたらすぐにでも貴様を」 「はいはい次の番だよ、行ってらっしゃいありがとー」  薙刀ちゃんを宥めるように肩をトンと押して、次の男子の所へと送り出す。何か言いたそうにしていたけれど、仕方がない。  薙刀ちゃんと入れ替わり、俺の腕の中へやって来たのは、偶然にも清楚ちゃんだった。淡いピンクが基調で、細かい白レースがひらひらとついたドレスは、正に清楚なお姫様。彼女にぴったりだ。男たちの視線もちらちらと向かっている。 「よ、よろしくお願いします……っ」 「はいどーも、よろしくねー」  随分、緊張している様子だ。  動きもぎこちなくて、うっかり足を踏みそうになる。危ない。 「大丈夫大丈夫、りらっくすりらーっくーす」  緩やかなテンポの音楽に合わせて身体を動かしながら、軽い調子で声をかけると、清楚ちゃんと視線が合う。清楚ちゃんは大きな瞳をぱちりと瞬かせた後、ふわりと笑う。 「ふふ、……ありがとうございます」  女の子はすごい。  いや、剣菱くんもだったけれども、笑うと周りにお花が咲くんだ。 「やっぱり、笑った方がかわいいね」  そう囁くと、清楚ちゃんの動きがぎこちなくなって、耳まで真っ赤になった。  ――ああ、……俺の、こういうところが駄目なんだ……。  薙刀ちゃんに睨まれても仕方がないと思う、うん。  自己嫌悪にぐったりしながら、ステップを踏む俺でした。  ちらりと視線を上げると、雫が踊る姿が見えた。相手は、爽やかな黄緑色のロングドレスに身を包んだヘアバンドちゃんだ。今日は、ヘアバンドの代わりに可愛らしいティアラを着けている。  長身の雫と、すらりと背の高いヘアバンドちゃんが踊る様子は楽しそうで、お似合いだった。  ――そういえば、赤い髪が見えない。  体育の時間は真面目に練習していた久遠くんだけれども、今日はおサボりかもしれない。こういうの、興味なさそうだもんなあ。    休憩を挟むとは言え、踊りっ放しは体力を使う。やっと全ての曲を終えて、終了となった。滲む汗を手の甲で拭って一息ついているけれど、もう、狩りの時間になっている。  男子生徒たちが、かわいいお姫様のところに行き、明日のフリー・タイムへのお誘いを頑張る時間だ。一生懸命に誘いかけているのは微笑ましいが、その、お姫様方が、特定の人物のところに集まっているのに、格差社会を感じる今日この頃。特に、双子と雫が、囲まれている。 「あ、あの」 「ん?」  俺はほら、評判悪い鈴宮クンですから、そんなことはない――はずなんだけれども。  呼びかけられて振り向くと、何人かの女の子が見上げてくる。 「明日のフリー・タイム、踊りませんか……!」  おお、勇気を出して声をかけてくれた。  その気持ちは、とっても嬉しいし、去年までの俺だったら大喜びで飛びついていたと思う。 「うん、ありがとう。でもごめんねー」  俺の使命、汚名返上、なんだ……。  眉を下げて断ると、女の子たちは残念そうに去って行く。そしてそれを、男子生徒が捕まえて、「じゃあ俺と!」なんて立候補。 「す、鈴宮さん」  その様子を眺めていれば、再び声が掛かった。振り返れば、真っ赤な顔をした清楚ちゃんの姿。  震える肩先は頼りなくて、遠巻きにそんな清楚ちゃんを狙っているんだろう男子生徒の視線が向けられている。 「あ、あの、明日、」  ――ああ、参ったな。  大きな瞳が揺れていて、今にも泣き出しそうな、そんな顔。  きっと、そんな頼りない肩を抱いてあげて、彼女の言葉の続きを言ってあげるのが、理想の“王子様”の姿なんだろう。 「わたしと、」  どう答えたって、傷つけてしまう。  手を伸ばして、彼女の頬に触れようとしたときだ。 「流!」  聞き慣れた声が、大きく俺の名前を呼ぶ。  顔を上げると、其処には、女の子に囲まれていたはずの、親友兼幼馴染みの姿。何度見ても、タキシードが決まってます。 「明日、俺と一緒に踊る約束だったろ」 「は?」 「な!」  あっ、なんかこれ昨日も見たことある気がする。デジャビュ……。  とは思うけれど、乗っからない手はなかった。 「あっ、そう、そうだった。――俺と一緒に踊ってくれませんか、レディ」  清楚ちゃんの頬に触れようと伸ばした手を、隣に立つ、雫の方へと差し出して、大袈裟に傅いて見せた。 「レディじゃねーけどな!」  雫は笑って、俺の手を取る。  手袋をつけたその手の甲に口付ける真似(真似だ真似、実際には触れていない)をしたら、「きゃあ」と、一部始終を見ていた女子から歓声とも抗議ともつかない声が上がる。 「つーわけで、ごめんね?」 「はっ、はい!」  ぽかんと呆気に取られていたような清楚ちゃんに向けて片手を挙げて謝ると、清楚ちゃんは背筋をピンと伸ばして行儀よく頷いた。そして、ぱたぱたと駆けて行く。  背中を見送って、俺は小さく息を吐いた。 「助け船サンキュ、」 「いや、お互い様」 「明日雫ドレス着る?」 「は? お前だろ」 「は? 絶対やだ」 「じゃあもう、このまま行くしかねーな」 「それはそれでどうなの……」  なんてのは、並んで小声で囁くやり取り。  淡いピンクのドレスは、少し離れたところで見守っていた、オレンジ色のドレスの元へと辿り着く。 「やっぱりダメだった、」  そう報告すると、今まで堪えていたものが、ぶわっと両目から溢れ出す。綺麗なアイメイクが全て流れ落ちそうで、葉月は慌てた。 「じゃ、じゃあ、私と踊ろう!」 「えっ」 「それでいいだろ、」  あいつらは男同士で踊るんだ。  女同士で踊って何が悪い。  葉月は、震える梨子の肩を掴み、真っ直ぐとその涙目を見据える。 「私が、お前を幸せにする」 「え」 「私なら絶対に泣かせたりしない」 「え」  梨子は戸惑うばかりだが、涙目を指先で拭う葉月の仕草に、つい、笑みが零れた。 「もう、……葉月ちゃんは、かっこいいね」  そう言って笑う梨子の周りに花が舞っている気がして、葉月は息を呑んだ。  ――そのやり取りに、何人もの男子たちが涙を呑んだことを、彼女たちは知らない。

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