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 電車の中は、思ったよりも空いていた。俺は学校が終われば大抵誰かと遊んでから帰っているから、この時間の電車にはあまり乗らない。それなりに空いている電車は結構快適で、揺られていると気分が落ち着いてくる。 「あのさー……おまえと春原って仲良いの?」  そんなわけで、芹澤に話を振ってみた。昨日は電車の中でもほとんど無言だったけれど、今の気分だったら話ができそうだ。  芹澤は俺に問われるときょとんとした顔をしてこっちを向く。そして、複雑そうな顔をし始めた。 「えー……別に」 「……いやいや、嘘だろ。そこはちゃんと仲良いって言ってやれよ」 「いやほんと、仲良いってわけじゃなくて……俺が、着いてまわってるだけ」 「?」 「ゆうは友達いっぱいいるし、俺のことなんて優先順位がすっごく低いよ。でも、俺は……そんなに友達、いない、し」  え、と俺は固まってしまった。芹澤の口から「友達がいない」なんて聞くとは思わなかったのだ。芹澤みたいにプライドの高い人間が、自分は友達がいないなんて素直に言えるとは思えない。それでも言うということは、よっぽどこのことで芹澤は悩んでいるのか、それとも実はもともとプライドが高いというわけではないのか。 「ゆうは……中学から一緒で、昔から俺に優しくて……特別仲良かったわけじゃないから一緒に遊んだりはしなかったけれど、すごく優しかった。だから……俺は、ゆうのこと……その、ゆうが俺を友達って思っていなくても、……えっと、」  そこで芹澤は口ごもってしまう。言いたいことはなんとなくわかった。芹澤にとっては春原は数少ない友達でも、春原にとって芹澤は大勢の友達のなかの一人でしかない。だから、芹澤は自信をもって春原と仲が良いと言うことができない。  ただ、芹澤がそんなことでうじうじとするタイプだとは思っていなかった。春原の話を振ったとたんに芹澤はしゅんとしてしまって、いつもの元気なツンすらなくなってしまった。  調子狂うな、と思うと同時にモヤモヤとしたものが胸の中に広がる。芹澤にここまで慕われている春原に、なんだか苛立ちのようなものを覚えてしまった。あだ名なんかで呼ばれて、こんなにもいじらしく想われていて……それでいて春原は芹澤のことを特別に思っていない。 「……やめちまえよ」 「えっ?」 「春原なんてほっといて俺にしろよ。俺ならおまえのこと、一番に考えるし。おまえのことを誰よりも、」  いらいら、いらいら。苛立ちが虫になって脳みそを食べてしまったように、俺の頭は働かなくなってしまった。ぶわっと浮かんできた想いが、そのまま口に出てしまう。でも――最後までその言葉は言えなかった。 「……」 ――ポカンとした芹澤の顔。そして……周りでびっくりしたような顔をして俺たちをみている、電車の乗客たち。そりゃあだって、俺の今の言葉は……まるで、告白でもするかのようだ。俺は何を言おうとしていたのか。とんでもないことを口にするところだったんじゃないか。俺の言葉を聞いていた人も、そして言おうとしていた俺自身も、驚いて固まってしまう。  芹澤も、俺のとんでもない発言を受けている相手として注目を集めてしまっている。恥ずかしくなったのか顔を赤らめて、キッと俺を睨んできた。 「ばっ……バカじゃねーの! 何言ってんだよおまえ!」 「まっ……待て、違う、違います! 聞かなかったことにして!」 「……ッ」  芹澤はにゅっと体をスライドさせて、俺と距離を置いてしまう。そして、顔を真っ赤にして、かばんに抱きつくようにして顔を埋めてしまった。 「あ、あの……芹澤」 「うるさい」  声をかけてみても、芹澤はちらちらと横目で俺を見るだけで、こっちを向いてはくれない。ただ、本当に顔が赤くなっている。  かわいい――けれど。俺は自分の失言への後悔が大きすぎてきゅんとするどころではなかった。本当に俺は……何を言おうとしたのだろう。『おまえのことを誰よりも――』の次に、一体どんな言葉がくるはずだったのか。考えれば考える程に、なぜか胸がドキドキと忙しなく高鳴ってしまう。先ほどからこそこそと俺を見てくる芹澤の視線に、顔が熱くなってしまう。 「……藤堂、嫌い」 「えっ……まじ、ゴメンって! ゴメン!」 「……きらい」 ――瞳をうるませながら「きらい」と言ってくる芹澤を、たまらなく可愛いと思ってしまう。

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