35 / 250

14

 部屋に入ると芹澤はうつむきながら俺の隣に座ってきた。微妙に距離をとりながら座られて、グサッときてしまう。でも先ほどに比べて心が落ち着いてきた俺は、なんとか落ち着いたトーンで芹澤に話しかけてみる。 「……芹澤。怒ってる?」  そうすると芹澤はぴくっと身じろいだ。そして……ゆっくりと俺を見てくる。 「……あたりまえだろ。触るなって言ったじゃん」  怒った口調で、文句を言う。しかし、それは口だけ……だと思う。その表情が、どうしても可愛かった。  俺と目を合わせるのを恥じらうようにちらちらと視線を泳がせて、そして顔を赤らめる。ぱち、と目が合えばハッと目を逸らしてさらに真っ赤になる。 「あー、もう……しんどい」  芹澤をみていると、いらいらとしてくる。でも不快ないらいらではない。心のなかがやたらと騒いで制御できないことへのいらいらだ。 「……もう手は触っても平気なんだよな」 「えっ……」 「平気だよな」 「あっ……!」  もう辛抱できなくて、俺は腰の横に置かれていた芹澤の手を掴んだ。そして、手のひらにぎゅっと力を込めていく。 「ちょっ……藤堂……」 「……」  びくっ、と芹澤が身じろいだ。手を握るくらい、昨日散々やったんだから大丈夫だろうと思ったけれど、やっぱりすんなりとはいかない。でも昨日のように怯えているというよりは…… 「ば、ばか、掴むなよ」  緊張、しているのだろうか。ぽ、ぽ、と湯気が出そうな勢いで顔を赤くして、ぐっと大袈裟なくらいに俺から体をそらしている。  嫌がってるわけじゃないんだ、そう気づいた瞬間に俺のなかに火がついた。体だけで逃げる芹澤を追いかけるように身を乗り出して、芹澤の腰を掴む。 「ひっ……!」 「今日はもうちょっと触るからな」 「ふ、ふざけるな、来るな、ばか」 「嫌ならもっと抵抗しろよな」 「嫌に決まってるだろ、この……」  わたわたと芹澤が暴れる。でも本気の抵抗には感じない。そんなことをされると俺も調子にのってしまって、思わず芹澤を押し倒してしまった。 「えっ……ちょ、……藤堂、待って……」  ぱら、と芹澤の髪がシーツに広がる。芹澤の顔に俺の影がかかって、潤んだ瞳をだけがきらきらしている。  やばい、と思った。首まで赤くしている芹澤を見下ろしていると、変な気分になってくる。このまま、食らってしまいたい。俺のものにしたい。そんなふうに。 「み、見るなばか、……何か言えよ藤堂……」  芹澤は真っ赤な顔を隠すように手の甲で自分の顔を覆った。そんな仕草がまた俺を煽る。芹澤の手を掴んでシーツに縫い留めて、そうすればもう、芹澤は俺の視線から逃げられない。 「藤堂……だめだってば……」  弱々しく呟いて、芹澤がはあ、と吐息を吐き出す。そこでもう、俺の我慢の限界がきた。そんな表情でそんなことを言われて、理性を保てる男なんてきっといない。 「とっ……藤堂……」  顔を近づけると、ぽろりと芹澤の瞳から涙がこぼれた。これが、よけいに俺を煽る。  息のかかるほどの距離まで近づくと、芹澤の息が浅くなっていく。じっと俺を見つめて、そして熱で浮かれたぼんやりとした顔をして。それはもう、緊張しているようだった。「だめ……」と震える小さな声を囁いたのを最後に、芹澤はゆっくり、ゆっくりと目を閉じる。  ああ、受け入れるつもりか。芹澤が目を閉じた瞬間に、俺の中の熱が膨れ上がる。重ねた手をしっかりと握ってやって、そして……唇を奪おうと、した。 「――芹澤くん! 結生! ごはんできたからリビングきて!」  不意に、母さんの声が聞こえてくる。その声で俺は我にかえった。  ガバッと体を起こして芹澤から離れる。ーー俺、今何をしようとした?母さんが呼んで来なかったら、今頃自分は芹澤と…… 「う、うわああ!」 「わああなんだようるさい!」  気付いて、俺は叫んでしまう。母さんが呼んで来なかったら、今頃俺は、芹澤とキスをしていた。なんで。なんで俺は芹澤とキスなんてしようとしたのか。 「お、おまえもなんで目とか閉じてんだよ!」 「はあ!? べ、べ、別に俺は、おまえの顔を見るのが不快で目を閉じていただけだし!」  お互いが一寸前の自分のことが信じられないといった状態だった。ほんとうになんで、芹澤とキスなんて。思い出せば恥ずかしさにかっと顔が熱くなるけれど、あの目を閉じた芹澤の顔は可愛かった……と記憶を引きずってしまう。  リビングに行こうと立ち上がれば、芹澤も俺の横にちょんと立つ。ちら、と視線が交わればお互いが同時に顔が真っ赤になって、パッとすぐに顔を逸らす。  これは……俺たちに一体何が起こっているのだろう。数日前とは明らかに変わり始めた俺たちの関係。このまま、どうなってしまうのか。自分でも、予想がつかない。 「ほんとに、俺は別に藤堂のことは嫌いだし、」 「俺だっておまえが嫌いだよばーか!」  でも、俺のなかの芹澤への想いはたしかに変わり始めている。それは、俺自身が一番わかっていた。

ともだちにシェアしよう!