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部屋に入ると芹澤はうつむきながら俺の隣に座ってきた。微妙に距離をとりながら座られて、グサッときてしまう。でも先ほどに比べて心が落ち着いてきた俺は、なんとか落ち着いたトーンで芹澤に話しかけてみる。
「……芹澤。怒ってる?」
そうすると芹澤はぴくっと身じろいだ。そして……ゆっくりと俺を見てくる。
「……あたりまえだろ。触るなって言ったじゃん」
怒った口調で、文句を言う。しかし、それは口だけ……だと思う。その表情が、どうしても可愛かった。
俺と目を合わせるのを恥じらうようにちらちらと視線を泳がせて、そして顔を赤らめる。ぱち、と目が合えばハッと目を逸らしてさらに真っ赤になる。
「あー、もう……しんどい」
芹澤をみていると、いらいらとしてくる。でも不快ないらいらではない。心のなかがやたらと騒いで制御できないことへのいらいらだ。
「……もう手は触っても平気なんだよな」
「えっ……」
「平気だよな」
「あっ……!」
もう辛抱できなくて、俺は腰の横に置かれていた芹澤の手を掴んだ。そして、手のひらにぎゅっと力を込めていく。
「ちょっ……藤堂……」
「……」
びくっ、と芹澤が身じろいだ。手を握るくらい、昨日散々やったんだから大丈夫だろうと思ったけれど、やっぱりすんなりとはいかない。でも昨日のように怯えているというよりは……
「ば、ばか、掴むなよ」
緊張、しているのだろうか。ぽ、ぽ、と湯気が出そうな勢いで顔を赤くして、ぐっと大袈裟なくらいに俺から体をそらしている。
嫌がってるわけじゃないんだ、そう気づいた瞬間に俺のなかに火がついた。体だけで逃げる芹澤を追いかけるように身を乗り出して、芹澤の腰を掴む。
「ひっ……!」
「今日はもうちょっと触るからな」
「ふ、ふざけるな、来るな、ばか」
「嫌ならもっと抵抗しろよな」
「嫌に決まってるだろ、この……」
わたわたと芹澤が暴れる。でも本気の抵抗には感じない。そんなことをされると俺も調子にのってしまって、思わず芹澤を押し倒してしまった。
「えっ……ちょ、……藤堂、待って……」
ぱら、と芹澤の髪がシーツに広がる。芹澤の顔に俺の影がかかって、潤んだ瞳をだけがきらきらしている。
やばい、と思った。首まで赤くしている芹澤を見下ろしていると、変な気分になってくる。このまま、食らってしまいたい。俺のものにしたい。そんなふうに。
「み、見るなばか、……何か言えよ藤堂……」
芹澤は真っ赤な顔を隠すように手の甲で自分の顔を覆った。そんな仕草がまた俺を煽る。芹澤の手を掴んでシーツに縫い留めて、そうすればもう、芹澤は俺の視線から逃げられない。
「藤堂……だめだってば……」
弱々しく呟いて、芹澤がはあ、と吐息を吐き出す。そこでもう、俺の我慢の限界がきた。そんな表情でそんなことを言われて、理性を保てる男なんてきっといない。
「とっ……藤堂……」
顔を近づけると、ぽろりと芹澤の瞳から涙がこぼれた。これが、よけいに俺を煽る。
息のかかるほどの距離まで近づくと、芹澤の息が浅くなっていく。じっと俺を見つめて、そして熱で浮かれたぼんやりとした顔をして。それはもう、緊張しているようだった。「だめ……」と震える小さな声を囁いたのを最後に、芹澤はゆっくり、ゆっくりと目を閉じる。
ああ、受け入れるつもりか。芹澤が目を閉じた瞬間に、俺の中の熱が膨れ上がる。重ねた手をしっかりと握ってやって、そして……唇を奪おうと、した。
「――芹澤くん! 結生! ごはんできたからリビングきて!」
不意に、母さんの声が聞こえてくる。その声で俺は我にかえった。
ガバッと体を起こして芹澤から離れる。ーー俺、今何をしようとした?母さんが呼んで来なかったら、今頃自分は芹澤と……
「う、うわああ!」
「わああなんだようるさい!」
気付いて、俺は叫んでしまう。母さんが呼んで来なかったら、今頃俺は、芹澤とキスをしていた。なんで。なんで俺は芹澤とキスなんてしようとしたのか。
「お、おまえもなんで目とか閉じてんだよ!」
「はあ!? べ、べ、別に俺は、おまえの顔を見るのが不快で目を閉じていただけだし!」
お互いが一寸前の自分のことが信じられないといった状態だった。ほんとうになんで、芹澤とキスなんて。思い出せば恥ずかしさにかっと顔が熱くなるけれど、あの目を閉じた芹澤の顔は可愛かった……と記憶を引きずってしまう。
リビングに行こうと立ち上がれば、芹澤も俺の横にちょんと立つ。ちら、と視線が交わればお互いが同時に顔が真っ赤になって、パッとすぐに顔を逸らす。
これは……俺たちに一体何が起こっているのだろう。数日前とは明らかに変わり始めた俺たちの関係。このまま、どうなってしまうのか。自分でも、予想がつかない。
「ほんとに、俺は別に藤堂のことは嫌いだし、」
「俺だっておまえが嫌いだよばーか!」
でも、俺のなかの芹澤への想いはたしかに変わり始めている。それは、俺自身が一番わかっていた。
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