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家に帰ってからも、俺は芹澤と春原のことを考えて悶々としっぱなしだった。そろそろ二人は家についたころだろうか、家についたら二人は何をするのか、もしかしてセックスとか……なんて考え出すとキリがない。見た目なんかでも、俺は春原には勝ち目がないだろうし、立場だってあいつは生徒会副会長だから芹澤との接点が多い。俺が女だったら俺よりも春原を選ぶな、と考えるともうズーンと気分が沈んでしまう。俺とちょっと触れ合えるようになったからって、もしも春原に迫られたら芹澤はコロッといってしまうんじゃないかって。
「あー……」
らしくない。全然らしくない。俺は今まで恋愛でこんなに悩んだことはない。というよりそもそもこれが恋なのかもわからない。
気になったらガッと迫って一気に自分のものにするから、こんなにうじうじとはしないはず。それもこれも、芹澤がなんだか簡単に襲ったりしてはいけないような雰囲気があるから。俺が好きになったからって、俺の欲望のままに襲っては彼を傷つけてしまうような気がして、一気にいくことはできない。
「うー……」
口からは、みっともない唸り声が勝手に出てくる。こんなにイライラしたのは久々で、この感情をどう処理したらいいのかわからない。
視界に入る、メッセンジャーの通知がひたすら光るスマホの画面。今は、グループの会話とか本当にどうでもよくて、会話に参加する気にもなれない。とりあえずスマホを手にとってみるけれど……俺が開くのはその友達同士のグループではなくて、クラス全員で作ったグループ。メンバー一覧を見ていって、そして芹澤の名前をタップする。俺は芹澤のメアドもメッセンジャーのIDも教えてもらっていないから、芹澤にメッセージを送るならこうするしかない。
そうやって芹澤のメッセンジャーのホーム画面を出したのは、無意識の行動だった。芹澤に「今何しているの?」って聞きたかった。実際にメッセージ入力欄に、その言葉を打ち込んだ――けれど、送信ボタンをタップすることはできない。親指をそこに近づけるも、結局メッセージを送信することはできなかった。
だって――俺は、芹澤の何でもないし。たぶん今、芹澤は春原と親密な時間を過ごしている。部外者の俺が、割り込んでいくことなんて、できない。
……なんなんだよ。もしも俺が、春原よりも早く芹澤に会っていたら、俺は芹澤と一番近い仲になれたのか。スペックも一緒に過ごした時間も何もかもが負けていて、春原から奪おうという気すらも起きない。
もう、いい。勝手に春原と付き合っちまえばいいんだ。そのほうがいっそスッキリするかもしれない。
ぽいっとスマホを放り投げて、俺はベッドに大の字に転がった。何自分は、芹澤が春原のものになることにここまで悩んでいるんだろう。馬鹿らしい。本当に馬鹿らしい。俺には関係のないことじゃないか――
「……?」
むしゃくしゃして、自暴自棄になりかけた。そんな俺の耳に、バイブ音が入り込んでくる。どんなタイミングで誰が電話してきてんだよ……っていらっとしながらも一応のろのろとスマホをとって画面をみて――俺は思わず正座をしてしまった。
「えっ、芹澤!?」
画面には、間違いなく「芹澤涙」と表示されている。メッセンジャーの無料通話機能を通しての電話らしい。俺に一体何の用だろう……もしかして「春原と付き合うことになったから金輪際話しかけんな」とかかもしれない……と異常に心臓がバクバクして吐きそうになりながら……震える手で通話ボタンをタップする。
「も……もしもし」
『あ……出た……』
「……な、なんの用でしょう」
『……今、家にいるの?』
「まあ……そうだけど……」
『一人?』
「ええ、そうです……」
あんまりにも緊張してしまって、なぜか敬語になってしまう。心なしか芹澤の声もかすれ気味だ。俺との電話が初めてだから、悪い意味で緊張しているのかもしれない。
『……あ、あのさ』
「……はい」
『……む、……』
「……む?」
『……む、迎えに、きて』
――なんて!?
俺は芹澤の言った言葉の意味が、一瞬理解できなかった。あんまりにもびっくりして俺が固まっていると、電話の向こうで芹澤が咳払いをして、それから一気に話し始める。
『さ、散々無理やり俺のことをおまえの家に連れて行ったんだから、俺が行きたいときに行っても別にいいでしょ! あ、行きたいって、別に……仕方なくって意味だから! と、とにかく、迎えにこい!』
「えっ、春原は!?」
『……今日はゆうの家にはいかないことになったから、』
「……そうなの?」
『……と、とにかく! あと数駅でつくから! じゃあ』
「えっ、っていうか今電車のなか……あっ、切れた」
なんだか一気に物事が進んだような気がして、心が着いてこなかった。
まず、芹澤は今、春原と一緒にいない。そしてなんと芹澤から俺の家に来たいなんて言ってきた。これは……喜んでいいんじゃないか。あれ、なんでこんなに嬉しいんだろう。
もうよくわからないけれど、それはそれはにやけてしまった。表情筋が全然俺の言うことを聞かなくて、勝手ににやけてしまう。
「……し、仕方ねぇな、迎えに言ってやるよ!」
俺は自転車の鍵を掴むと、軽い足取りで部屋を飛び出した。
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