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 駅には、夜になったというのにごちゃごちゃと人が集まっていた。流石は新宿、と言うべきか。待ち合わせした場所に到着すれば、まだ芹澤は来ていなかった。俺も結構急いで来たからな、と壁に寄りかかったところで、声が聞こえてくる。 「藤堂……!」 「芹澤……って、え!?」  離れたところから、芹澤が駆け足ぎみに近づいてくる。俺はその姿をみて――固まった。  芹澤が、私服を着ていたからだ。ゆったりとしたシックな色をしたカーディガンは、芹澤らしいといったところだけど……問題はそこじゃない。芹澤が私服を着てきたという、それ自体が大事件だ。 「ご、……ご、ごめん……待った、よね……」 「な、なんで私服……?」 「……だって……デートって言うから……」 「ひえっ」 ――な、なんだそれ可愛すぎか!  思わず口からでそうになった言葉を、俺はなんとか呑み込んだ。  なんだ、芹澤……わざわざ私服に着替えてくるくらいに俺のデートを楽しみにしていたってことか? デートとか言ったけど、いつものど田舎で天体観測なんだゴメンな!……なんて、色んな思いがあふれてきて、愛おしくてたまらない。  ……でも、芹澤はあまり明るい表情をしていなかった。切なげな顔をして、そしてそっと俺に寄り添ってくる。「えっ」と声をあげそうになったけれど、なんとか我慢した。芹澤が、自ら俺の首元に頬を寄せて、弱々しくも抱きついてきたのだ。 「せっ……せ、芹澤……!?」 「最後……だから。最後の、夢……みせて」 「えっ、……ちょっ……」 「……藤堂」  俺の胸元に顔を埋めた芹澤は、寂しそうな声で俺を呼ぶ。  ああ、そうか。完全に、芹澤は今日が俺とこうして話せるのは最後だと決めてつけている。何が何でも俺と付き合うのは嫌で、でも……俺のことを、きっと。だから、今日のデート(?)は楽しみにしていてくれたんだろう。私服なんて着てくるくらいに。 「芹澤」  ばかだなぁ。俺は、今日で最後のつもりなんてさらさらないのに。芹澤がなんで俺を拒むのかを聞き出して、それで俺は芹澤をもう一度、明日も明後日もそれから先だって抱きしめていたいのに。  俺は芹澤を抱きしめ返して、自分の腕の中に閉じ込めた。人の目なんて気にしない。ぎゅっと、絶対に離すつもりなんてないからなって伝えるように、力強く抱きしめてやった。

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