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せっかく芹澤に私服を着てきてもらったことだし、デートらしいことをしてみようかなと思って俺と芹澤は夜景スポットにきていた。ここに来るまでに芹澤は、顔を赤らめたり切なげに俺から眼をそらしたりと、なかなかにせわしなかった。でも、話を振ればいつも通りの「ツン」な反応をしてくれて安心はする。
どこで話を振ろうかなー、と俺は少し悩んでいた。俺は地元の田舎にいたほうが心に解放感があって言いたいことが言えるから、話すならあの丘でいいかな、と思っている。だから、この新宿デートは本当にただのデートって感じ。
到着したデートスポットは、幸いにも人がいなかった。穴場、とは言われていたけれど、新宿の夜景スポットに人がいないなんて奇跡に思える。
「おっ、すごい綺麗。ほら、芹澤」
「ん……」
俺は芹澤と手を繋いで、夜景の見えるところまで近づいていった。そうすると、芹澤が「わあ……」と小さな声をあげている。可愛いな、って思って肩を抱き寄せると、芹澤はぴくっと身じろいだ。
「……藤堂、……あの、」
「ん?」
「……最初で最後のデートだし、……えっと、……」
芹澤がもじもじとしながら、俺に何かを言おうとする。だから最後になんてしねーよ、ってよっぽど言ってやろうかと思ったけれど、今の芹澤がしたいことに気付いて頭が真っ白になる。
ああ、キスをしたいんだな、って。
芹澤にとって、これは最後らしいから、俺と思い出を作っておきたいんだと思う。最後にとびっきり俺といちゃいちゃしたいらしい。俺にすり寄ってきて、顔を近づけてきて……おねだりするように見つめてくる。
「……っ、」
ああ、くそ。いじらしいにもほどがある。愛おしいにもほどがある。
俺は芹澤のに手を添えた。そして、唇を親指で撫でる。芹澤はぴくん、と震えてさらに顔を赤らめた。瞳がうるうると潤んで、夜景の光が反射している。まるで星を呑み込んだ海のようなその瞳は、やはり俺の本能を煽ってくる。
芹澤が、ゆっくりと目を閉じた。キスをして、そう言っている顔。
俺の心臓はどきどきと高鳴っていて、そして俺のカーディガンを掴む芹澤の手は震えていて。お互いが、ものすごく緊張している。
「……芹澤」
名前を呼んで――そして俺は、芹澤の瞼にキスをした。唇には……しなかった。
唇に、キスをするのはちゃんと付き合ってからがいい。俺の気持ちを全部伝えて、芹澤にそれを受け止めてもらった時がいい。それは、またあとで。だから、今はしない。本当は唇に噛み付いて芹澤が窒息するくらいに激しいキスをしたいけれど、そんな欲望を心の中に押し込んだ。
「と、……藤堂、」
「……あとで死ぬほどキスしてやっから待ってろ」
「……っ」
残念そうに、寂しそうに俺を見つめてきた芹澤に言う。そうすると芹澤はぼんっと顔を赤くして、俺から顔を隠すように手で口元を覆って……こく、と頷いた。
「芹澤」
「……ん」
「……綺麗だな」
可愛くて可愛くて、どうにかしてしまいそう。口は悪いくせに、俺にこんなにドキドキしてくれているのか。
俺は愛おしいという衝動のままに、芹澤を背中から抱きしめる。そして、そのまま二人で夜景を見下ろした。
触れた、芹澤の左胸から凄まじいほどの心臓の高鳴りを感じる。きっと芹澤も、俺の心臓が爆発しそうになっているのに背中から気付いているだろう。二人でどきどきして、無言で夜景を眺めて。このまま夜の闇に溶けてしまうんじゃないかなって、そう思った。
「……藤堂……」
「なに?」
「……もっと、……強く」
これが俺と最初で最後のデートだと思い込んでいる芹澤は、今何を思っているのだろう。俺が芹澤の呼びかけに応じて腕に力を込めると、瞳をとろんと蕩けさせて体から力が抜ける。
芹澤は、こうして抱きしめられていることの喜びをいっぱいいっぱいに感じ取ろうとしている。そしてその感覚を宝箱にでも詰めるつもりでいるのだろうか。ぼうっとして、抱擁の温もりに浸っている。
「藤堂……」
顔を覗こうと顔を近づけると、芹澤が頬をすり寄せてきた。そして、目を閉じ――ぽろりとなみだを流す。
手のひらに感じる、とくんとくんという心臓の音。幸せと、幸せの終わりの切なさを同時に感じているって、そんな芹澤の顔。
なにがおまえを幸せからの逃避なんて行動に駆り立てるんだろう。気になって、気になって……俺は、芹澤の首元に顔を埋めて泣いた。もっと素直に生きろよって、言いたかったけれど言えなかった。
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