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「……あ、あの……逢見谷……?」
「……芹澤先輩。……春原先輩から、離れてください」
「え、……えっと、」
逢見谷は、ゆらりと顔をあげて、濡れた瞳で俺を見上げた。その目は、まるで、骸骨の目のようで、吸い込まれそうで、怖い。
「……あなたと一緒にいると、春原先輩が、壊れる」
「……俺、……何か、した?」
「別に……何も、してませんよ。ただ、芹澤先輩の存在が、春原先輩はゆるせない」
「な……んで?」
「頭がおかしいから」
「……ッ、」
がく、と体から、力が抜けた。腰が砕けたように、その場に座り込んでしまう。
俺の持つ、病のことを、そこまではっきりと拒絶されたのは、初めてだった。馬鹿にされてきたことは、いくらでもある。でも、こんなふうに言われたのは、初めてだった。
「……別に、俺は芹澤先輩のこと嫌いってわけじゃないですよ。どうでもいい。でも、春原先輩は芹澤先輩のことが、嫌いだ。自分の病に甘えて平気で人を傷つけるような、貴方を」
「……わかって、る、よ……俺が、酷いこと、言っちゃうこと……でも……好きで、こんな病気になったんじゃ……」
「そう言って自分が悪いなんて思ってないんでしょ。そんなところを、春原先輩はあの人に重ねているんですよ」
「……あのひと?」
逢見谷が、俺に近づいてきて、俺の、胸ぐらを掴む。そして、恨みがましく、俺を睨みつけてきた。
「――春原先輩の、お兄さんにだよ! 精神イッてて、春原先輩の彼女をレイプして殺した、ゴミとアンタは同じなんだよ!」
「え……な、なんの話……なんで、俺が……その人と、同じなの」
「頭がおかしいからってなんでも許される、障害者っていう免罪符を持ってるところ? 実際そうじゃないですか、藤堂先輩がアンタに何をされても許しているのと、春原先輩のお兄さんがお咎めなしなのって、同じでしょ? 春原先輩のお兄さんって死刑になってもおかしくないことをしているのに、頭がおかしいから、無罪になって今ものうのうと生きているんだよ? 同じじゃないですか、藤堂先輩に酷いことをして、何食わぬ顔で生きているアンタと」
「……だから、って、そんな、」
「自分だけ被害者ヅラして人を傷つけてるアンタと春原先輩のお兄さん、何が違うんですかね。精々顔が可愛いかそうじゃないかくらい? アンタ顔が可愛いから、騙してひょいひょいと縋り付いてくるのみたら、楽しいかもね」
逢見谷が、俺を突き飛ばす。わけが、わからなかった。まったく、知らない人の話を出されて、同じと言われて。逢見谷は、ゆうの前とは態度が全然違うし。
それに、俺は……藤堂に、浮気をされた、わけで、……捨てられたんだから、もう……藤堂の話をされても。
「自分が何をしたのかわかってない顔ですね。そう言えば知らないんでしたっけ。藤堂先輩、浮気なんてしてないですよ」
「……え?」
「藤堂先輩、浮気してないって言ってたじゃないですか。キスも俺が勝手にしただけですし、俺と藤堂先輩の間には何もないですよ。芹澤先輩が、ひとりよがりな思い込みで藤堂先輩のことを突き放しただけ」
……藤堂が、浮気、してない?
逢見谷の言葉に、俺は、目の前が、真っ暗になった。
じゃあ、俺が、ああして、藤堂に別れを告げたのは。裏切ったのは、藤堂じゃなくて、俺? 俺は、また、藤堂を、裏切ったの? 藤堂を、傷つけたの?
「……え、……なにも、ないって……じゃあ、なんで……逢見谷は、藤堂と、キスを……」
「春原先輩がやれって言ったので」
「……なんで……?」
「そうしたら思い込みの激しい芹澤先輩は、藤堂先輩を突き放すだろうって、春原先輩が」
「……」
ゆうの、考えていることが、わからない。いや、それより、おれは……おれは、
「ほんと、最悪ですね、芹澤先輩。藤堂先輩の言葉を信じないで俺たちの言葉を信じちゃった。まあ、それも春原先輩の思惑通り? なんか芹澤先輩みたいな人って、信じたい人ほど信じられないんですって」
「おれ、……ゆきのこと、しんじられなかった、……」
「いや俺は芹澤先輩に恨みはないんですよ。春原先輩が恨んでるから嫌いなだけで、」
「信じてって、いってくれたのに……おれ、ゆきのこと……」
何も、聞こえない。視界が、まわる。
「どうするんです? これから死ぬんですか? なら止めませんけど。春原先輩もいないし……今、芹澤先輩が死んでも春原先輩に悪い影響はないでしょう」
「……」
「俺、芹澤先輩に付き添うつもりもないんで、帰っていいですか? 今頃春原先輩、一人で家にいるだろうし、春原先輩のところにいこうかなあ」
ぼーっとしていると、そのうち、足音が消えていって、いつの間にか、逢見谷の姿がなくなっていた。
なんだか、何も、やる気力が、なくなってしまった。結生に、こんなに、ひどいことをした、自分。死んだほうがいいんだろうけれど、死ぬ気力すら、わかない。
ふと、歩きたくなった。どこへ、向かうという、わけでもなく。ただ、なんとなく、結生は、どこにいるだろう、そう思って、歩いた。よろよろと、歩いて。自分が、どこにいるのかも、わからないけれど。お金も持っていないから、電車にも、乗れないけれど。虫が、光に向かって、飛ぶように。あてもなく、歩いた。
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