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「なあ、涙、思うだろ? 心に病を持った人間は罰を受ける権利を剥奪されているんだ、そうだ、人間じゃないんだ、あんな奴人間じゃない、なあ、涙、人間でいたいだろ、罰を受けさせてやるよ、俺がおまえを、地獄に突き落としてやる」
「……俺、犯罪なんて、おかして、ない」
「犯罪者予備軍がなにほざいてんだよ! どうせいつか犯罪者になるんだ、今死んでおけよ!」
は、と視界がブレる。何が起こったのか、わからない。
ゆうの叫び声と同時に、ぐっと首元が苦しくなった。胸ぐらを、掴まれていたらしい。そのまま、思い切り押し出されて、強制的に俺は後退させられる。
「――ッ」
この先には――ガラス。このままだと、俺は窓ガラスに突っ込むことになる。でも、もう勢いづいてしまった脚は止めることができなくて――
「――春原!」
聞こえてきた、誰かの声。誰のものか、認識した瞬間に、俺はそのまま後頭部をガラスに突っ込んでいた。
「おまえ――なにやってんだよ!」
ガラスの破片が、舞う。目に映る世界が、スローモーション。ゆっくりと、ゆっくりと……近づいてくるのは、結生。
ガラスは、薄いガラスだった。だから幸いにも俺に思い切りガラスが刺さるということはなかった。服をまとっている背中は腕に傷はなく、頭や首の皮膚が少し切れているくらい。ただ、びっくりしすぎて俺はしばらく呆然と呆けていた。
「藤堂、邪魔すんな! 俺はこいつを殺さなくちゃいけないんだ!」
「意味わかんねえこと言ってんな、涙から手を離せ!」
「意味わかんねえのはおまえだ! こいつは犯罪者だ、他人に迷惑をかけるクズだ、生きている価値のないゴミだ!」
「犯罪者はてめえだろ春原! 涙にやったことを考えてみろ! それに……涙のことを病気がどうのこうの言ってるけど一番オカシイのはおまえだからな!」
結生が、ゆうの胸ぐらを掴んで床に叩きつけるようにして押し倒す。ここまで怒っている結生を見るのも、怒鳴っているゆうを見るのも俺はほとんど初めてだったから、怖くて動けなかった。
「――は? 俺が、病気って言いたいわけ?」
ゆうは、結生の言葉にぽかんと不思議そうな顔をした。今まで怒鳴っていたのが嘘のように静かになって、かぱっと目を見開いて結生を見つめている。
「……いや、俺は普通だから」
低い声で吐き出された、ゆうの言葉。ぞろりと空気を這うような声に、俺は身の毛がよだつような心地だった。つうっと首筋を、血が滴ってゆく感覚が気持ち悪い。
「俺が、そんなビョウキなわけないじゃん。一緒にすんなよ、違う、俺は普通の人間だ」
「……、悪い、言い過ぎた、春原――」
「俺は――違う! 俺は、俺は、普通だ、普通だから……!」
おかしい。ゆうの様子は明らかにおかしかった。さすがに結生もぎょっとしたのか、ゆうをたしなめるようにして謝っている。
「あんな奴と一緒にするな! 俺は、普通の人間だ!」
がしゃん、とゆうがガラスの破片を叩いた。ゆうの手のひらが切れて、血が、床にこびりつく。錯乱状態に陥っているゆうがこれ以上怪我をしないように、結生が慌ててゆうの手を掴んだけれど。
「――なんの騒ぎだ!」
生徒会室に先生たちが飛び込んできて、すべて、見つかってしまった。
明らかに正気ではないゆう、それから怪我をしている俺と、ゆうをなだめている結生。誰が、何をしたのかなんてことは明らかだ。ゆうのしたことが先生たちに全てバレたら、ゆうはどうなるのだろう。それが、怖かった。
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