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「――ガラスを割ったのは、誰だい?」
先生は俺たちを手当てしたあと、職員室に連れていった。そして、生徒会室で何があったのかと聞き出そうとしてきた。ゆうの様子が少しおかしいせいか、先生も声を荒げず静かな口調で聞いてくる。もう犯人はわかっているだろうし、先生としては厳重注意ですませようとしていると思う。校内で面倒事があったと世間に知られたくないだろうし、警察沙汰になんて絶対にしたくないはずだ。俺も、ゆうのことを追い詰めるつもりはなかったし、余計なことは言わないつもりだった。
……けれど。
「……俺です」
「春原だね。どうしてあんなことしたの?」
ゆうが、いやに素直だ。ちらりとゆうの顔を見て――俺は、ゾワ、とした。
目が、すわっている。
「――け、喧嘩になったんです、……それで、加減を誤って……」
なんだか危ないような気がして、つい俺が先に言葉を発してしまった。嘘ではなくて、ごまかすような言葉を。先生はゆうが言わなかったことに不服そうではあったけれど、納得したように「そうか」なんて言っている。
喧嘩してガラスを割ったなんて、そう珍しい話でもない。このまま一回雷を落とされて、この件は終わりにして欲しい。俺はそう思って先生を見つめた。
「どうして、喧嘩なんてしたの?」
「ほ、本当に些細なことで口論になって……」
「――涙が頭の病気から」
うまく逃げよう――そう、思っていた。のに。それは失敗に終わりそうだった。
ゆうが、俺と先生の間に割り込んできて、ハッキリと言ってしまった。
「……春原、人のことをそういうふうにいっちゃだめだよ。それに芹澤は別にそんな病気を持っているわけじゃ、」
「持ってます。涙は、俺の兄と似た症状を持っている。なによりこいつは人に迷惑をかける言動ばかりだ。涙は間違いなく、病気です。だから俺は涙のこと、殺そうとしました」
「殺っ……何か、芹澤もカッとなって言いすぎた部分があるんだろう? それで、春原もつい怒って乱暴をしちゃったんだろ? 殺そうなんて、そんな……」
「いや、殺そうと思いました」
先生の様子が、おかしい。はじめはゆうに厳重注意をしよう……といった雰囲気で問いただしていたのに、徐々に焦り出す。ゆうがあまりにも真実を話しすぎているから。隠そうともせずに。そう、ゆうは――自分の行為を、「悪」だとは一切思っていない。「精神病の人間を排除しようとする」行為を「正しい」と思っているから、こうして先生に堂々と自分の行いを告げられるのだ。
「……っ、春原は、……少し言いすぎる部分もあるので、先生もあまり気にしないでください。春原は本当に殺そうとなんてしていませんよ、手が滑っただけなので……」
先生も戸惑いを見せていたから、見かねた結生が割り込んでくる。ゆうが不服そうにまた何かを言おうとしたけれど、結生が小突いてそれを阻止した。
結局、俺たちは厳重注意にとどまった。問題を大事にしたくない、あまり生徒指導に熱心でない先生だからこその判断ではある。ゆうの様子が不穏だったからあまり強く怒れなかったのもあるのかもしれない。
その日、思った以上に俺たちは解放されたけれど……釈然としない想いが、俺と結生のなかには滞留し続けていた。
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