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第十五章 歪
「――入院?」
ガラスで切った手をきちんと治療するために、俺は病院に来ていた。親に連れられて、手の治療をして。しばらく待たされた後に聞かされたのが、この言葉である。
「入院しましょう」と。
俺は何を言っているんだこの医者は、と思った。だって、俺は手を切っただけだ。たしかに少し深い傷かもしれないが、入院するほどのものではない。たかが手を切っただけの患者を入院させるほどこの病院はベッドが空いているとでもいうのか。理解できず俺はちらりと母の顔を見たが……母は、俺から目を逸らし、黙っている。
「裕志くんが入院するのは、この棟の隣の……第二病棟。役一ヶ月ほど」
「……は? 一ヶ月? こんな怪我でなんで一ヶ月?」
ますますわけがわからない。そして、何かひっかかる。
俺はゆっくりと、窓の外を見た。医者の言う、第二病棟というものが見える。少し古めの建物で、……そして。窓の外に、格子がついている。
「……あの病棟の作りって……精神病院の、」
――頭の中が真っ白になった。
なんで? なんで俺が精神病院?
「先生と話あって決めたの。裕志、ちょっと休んだほうがいいわ。大丈夫よ、あなたが思っているほどあそこは怖いところじゃないからね」
「な、に言ってんだよ……! なんで俺が、あんな肥溜めみたいなところにいかなきゃいけないんだよ!」
「……裕志がこのまま学校に通っていたら、もしかしたら……今度は人を、殺しちゃうかもしれない、でしょ?」
「は!? 俺が!? ふざけんなよ、なんで俺が!!」
「だって大丈夫なんて保証がないじゃない! 夜樹 だって人の命を奪ったのよ! 貴方は――夜樹の弟でしょう!」
「――ッ」
いま、この女はなんて言った。とんだ妄言を吐かなかったか、俺は夜樹なんて奴知らないぞ、あんなゴミクズのことなんて――
「――ざっけんな! そのゴミを産んだのは誰だよおまえだろうが! おかしいのは俺じゃねえよおまえだよ! おまえの血が腐ってんじゃねえの!? なんでおまえの子どもだからって俺まであの臭えところにいかなきゃいけねえんだよ! おまえがいけよおまえがおかしいんだよこのゴミクズ――」
ふざけたことをぬかしやがってこの化け物が、――
もっと、言ってやらないと気がすまなかった。誰のせいで俺が苦しんでると思ってるんだよ、おまえのせいだよおまえ死ねよ、
なのに――後ろから、腕を掴まれた。この女を殴ろうとした手を止められた。振り向けば――無表情の、白衣を着た男が二人。
「待て――やだ、……やだ、いやだ――」
違う。俺は、俺は普通の人間だ。あんなところに行く人間じゃない。あんな人殺しと一緒にしないでくれ――
「ゆっくり休んでね、裕志。大丈夫よ、ちゃんとお見舞いにくるからね」
先生と、この女の目が死んでいる。俺のことを、人だなんて思っていない目。暴れる家畜を見るような目。
ふざけんな、ふざけんなふざけんな――俺はおかしくない、正常だ、普通だ。なんでゴミを殺そうとしたくらいで精神病院にいれられなくちゃいけないんだよ、社会にとって迷惑なやつを殺して何が悪いんだよ、俺は正しいことをしたのに。
押さえつけられるようにして、椅子に座らせられる。そして始められるのは、これから俺が収容される牢獄の、説明。
「俺……普通だって」
誰も、俺の声なんて、聞いていなかった。
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