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「こんなところにいたの、芹澤くん」  ある日の昼休み、俺は彼と一緒に過ごしてみたいと思い立った。いつも、昼休みになるとどこかへ消えてしまう彼をこっそり追いかけてみれば、校舎からでた、誰も通らないような影に座っていた。  ここのところ、彼のなかで俺への警戒心が薄れてきたように思う。彼は俺を見るなりわずかに体をビクつかせたけれど、逃げようとはしなかった。 「……なにしにきたの」 「一緒に過ごそうと思って」 「……」  彼の隣に腰を下せば、彼はちらりと俺を見てくる。そわそわとしだしたから、居心地が悪いのだろう。でも、その目に敵意はない。俺の行動を、静かに待っていた。  他愛のない話題を、色々とふってみる。そうすると彼は困ったような顔をしながらも返事をしてくれた。たぶん、彼は話すのが苦手だ。すごく一生懸命に言葉を紡ごうとしているのが伝わってくる。でも、そうして俺と会話をしてくれるのが嬉しくて、俺は次々と話しかけていった。 「……春原くん、俺と話していて、楽しい?」 「楽しくなきゃここにいないけど」 「……でも。俺、春原くんにとってわけわかんないでしょ。見えてるものも何もかもが違うから、話が合わないって思わない?」 「……見えてるもの? この前言ってた、色がわからないって話?」  彼は話すたびに、自分を貶すような発言をする。酷いことを言われてきて、卑屈になってしまっているのだろう。聞いていると辛くて、でもどうしようもできない歯がゆさに自分自身がいやになる。 「……みんなが綺麗っていうものを、俺は綺麗と思わない。だから、……話も、うまく合わないし」  ああ、本当に俺はどうやったら彼の力になれるのだろう。もっと仲良くなれば変わるのかな。 「……みんなが綺麗って言うからって、芹澤くんも綺麗って言わなきゃいけないなんてことはないよ。それに、目に見えるものだけが世界じゃない。共有する方法は、きっといくらでもある」  空を見上げながらしょんぼりとしている彼の横顔を見つめる。彼は、色がわからない。だから、他の人が綺麗だと思うものを綺麗だと思えない。そうして輪から外れていって、さらに沼にはまってゆく。 ――周りに合わせる必要はない。自分で言った言葉だから、その理屈はわかる。でも、同時に合わせられないことが辛いということも、理解できる。 「……芹澤くん、普通に耳は聞こえるの?」 「……うん」 「じゃあ、俺と同じ音を聞くことができるよね」  目に見えるものを共有できないなら、音はどうだろう。俺はポケットに入っていたミュージックプレーヤーのスイッチをいれて、イヤホンを片方彼に渡してみた。彼は少し戸惑っていたけれど、俺がもう片方を付けると真似して付けてくれた。 「音楽は聞く?」 「……ぜんぜん。テレビとかうちにないから流行りとかもわからない」 「そっかー。じゃあ俺が色々教えてあげるよ。これとかどう?」  彼はもしかしたらミュージックプレーヤーを触った時がないのかもしれない。俺がそれを操作しているのを、興味津々に見ている。あれだけ俺を拒絶していた彼が、無意識だろうけれど俺に顔を寄せてきたのが、ちょっと嬉しかった。  ひとつ、俺の好きな曲を流してみる。テレビとかで流れたりはほとんどしないけれど、ファンはいっぱいいるバンドの曲。アップテンポの曲はあまり彼は好きじゃなさそうだから、バラードを流してみる。 「……綺麗な曲だね」  彼にこの曲はどう聞こえるだろう、そう思ってちらりと彼を見てみれば、彼は俺を見つめ返してくる。ぱち、と目が合って、至近距離で彼と目が合ったのは初めてで、思わず心臓が跳ねた。  彼は、綺麗な目をしている。あんまりにも綺麗すぎて、直視できないくらい。こんなにも綺麗なのに、誰もそれに気づいていないんだと思うと、少し勿体無くも思える。 「でしょ。俺の好きな曲」 「春原くんの好きな曲なんだ」 「うん。ね、別に色がわからなくたって好きなものを共有できるでしょ。芹澤くんと俺、仲良くなれるよ」  彼はちょっと戸惑ったように、瞳を揺らがせた。でも、少し嬉しそうに見える。頬に、ほんのりを赤みが差していた。 「ね、あのさ」  俺を見つめる彼が、可愛い。ほんとうに可愛い。ちょん、と彼の指先に触れてみれば、彼の肩がびくりと震える。手を重ねてみようかと思ったけれど、あまりがっつりと触ったらびっくりしてしまうだろうから、指先だけ。 「……涙って呼んでいい?」 「えっ……」 「芹澤くんっていうのなんか他人行儀っていうかさ」 「べ、べつに、いいけど……」 「じゃあ、涙も俺のことあだ名で呼んでよ」 「あ、あだ名……!? わ、わからないよ……そんなの……」 「えー、じゃあ、ゆう、とかでいいよ。仲いい人にはゆうくんとか言われてるんだ」  仲良くなりたい。彼ともっと話してみたい。彼の側にいたい。  そんな俺のわがままも、もしかしたら叶うのかもしれない。俺の見つめる彼の瞳がゆらゆらと揺れて、光を揺蕩わせて。俺の目を奪う。 「……、……ゆ、ゆう……?」  その唇から紡がれた、俺の名前。それはもう恥ずかしそうに顔を真っ赤にして、唇を震わせて。よくわからないけれど衝動的にキスをしたくなって、俺はぐっと息を呑む。 「……へへ、よろしく。涙」 「うん、……」  なんだろう、このくすぐったい感覚は。ああ、きっと、誰かと仲良くなることの喜びを忘れていた俺の心が、反応しているんだ。当たり前のように周りに友達がいたから、こうしてやっとの想いで友達になれた今、心がざわざわと揺れながら喜んでいる。  新しい友達。ほんのりと細められた彼の瞳が、眩しい。 「……他の曲、聞かせて。ゆう」  ぎこちなく寄り添ってきた彼の肩の細さに跳ねた胸も、また愛おしい。

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