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「そういえば言ってなかったっけ。俺、母さんに涙のこと言ったんだよね」
「……え、俺のことって」
「え? 付き合ってるよって」
結生の突然の告白に、俺は歯磨き粉でむせそうになった。
……いや、それなら結生のお母さんの態度に納得はいくけれど。でも問題はそこではない。男同士で付き合っているということを、なぜ結生はあたかも当然のように告白したんだろう。
「彼女いつできるんだーって言われたからさ、言ったんだよ。「付き合ってる人いるよ」って。そしたら、紹介しろって言ってきたから……まあ、涙だよって母さんに言ったんだよね」
「……で、反応は、……」
「え? あのとおり。「へえーそうなの!」だってさ!」
「……軽くない?」
男同士で付き合う事がマイノリティだなんてこと、俺は重々承知している。だから、横山にバレたときだって焦ったし、これから結生とどうやってそのことを考えていこうって思ったりもした。
だから、結生のお母さんみたいにそんな風に簡単に受け入れてもらってしまうことに、違和感を覚える。
けれど、結生は何事もなかったように口をゆすいで、歯ブラシを戻して、まるで俺の心配なんてなんでもないことだとでも言うように話を続けた。
「男同士で困ることなんて、何かあるのかねえ」
「……え、だって。……、……子供、産めないから……親からしたら、……」
「孫がみたいから結婚して欲しいのかな、親って」
「……いや、……わかんない、けど」
「自分の子供に幸せになって欲しいから結婚して欲しいんでしょ。少なくとも俺の母さんはそのタイプ。だから、俺が涙と付き合っていて幸せなら、それでいいんだって」
顔を洗って、濡れた顔をタオルで吹いて、結生はその間言葉を発さない。沈黙の間、俺は自分の考えの小ささを思い知る。
俺は、ろくに親とも話したことがなかったから、こんなことを考えていたのだろうか。だから、根本的に人との考えもずれてゆく。いつも結生のことを、「どうしてこんなに優しいんだろう」と思っていたけれど、それは結生が普通の家庭で育ったからであって……俺がこんなにひねくれた性格をしているのは、俺が、普通の家庭で育っていないから……
「――ってさ、母さんに言われたんだよね」
「……え?」
「俺も、子供産めないけど嫌じゃないの?って聞いたんだよ。そうしたら、母さんがそう言ってきた。俺だって別にエスパーじゃないんだから親の考えていることなんて聞かないとわからないよ。正直涙のことを告白するの、ビビってた。でも……親って俺の思っている以上に俺のこと想っていてくれるんだねえ」
顔を洗い終わった結生が、俺ににこっと笑いかけてくる。
……親の考えなんて、聞かないとわからない。
じゃあ、俺の、……あの人は? 俺のあの人は俺のことなんて考えていないと、そう……思いこんで、逃げてきて。でも、彼女の本当の気持ちを、聞いたことがーー今まであっただろうか。
「あんたには幸せになって欲しいんだよって言われて泣いちゃった、俺。ダッセエの」
「――……」
……俺は。
大切なことから、逃げているんじゃないか。
鏡に向き直った、結生の優しい笑顔の横顔を見て。俺は黙り込む。
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