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 家の中に入ってからも、俺は半分放心状態でいた。あの人が、結生に見せた笑顔。あれを思い出すと、妙に心臓がズキッと傷んで、苦しかった。 「……あんな風にあの人が笑っているの、初めて、みた」  俺がうじうじと迷っていたせいでタイミングを逃し、結局あの人と話せなかった――そんな後悔。いざあの人を目の前にして言葉がでてこなかった自分への嫌悪感。色んなものに押しつぶされそうになって部屋の片隅で小さくなっていたけれど、あの人の笑顔ばかりが、頭の中に浮かんでいる。  あの人が笑う時は、無理をしているとき。疲れた顔で、困ったように、俺に笑ってみせる、そんな笑顔ばかりを見てきたから、あんな無邪気な笑顔に俺は驚いてしまった。あんな風に笑うことができるのに……あの人は、いつも苦しそうに笑っていたんだ。 「涙に恋人がいたことが嬉しかったんじゃない」 「……それって、嬉しいことなの……?」 「だってさ、そりゃあ~、なあ。涙のお母さん、涙が辛そうにしているところをずっと見てきたんだろ? そんな息子がさ、恋人ができてさ、幸せそうにしてたら嬉しいに決まってんじゃん」 「……」 ――わかっている。あの人が、俺の幸せを望んでいることは――わかっている。  勘違いをしてきた期間があまりにも長すぎて、踏み出せないんだ。頭が、体が、勝手に拒絶するんだ。  それでも――俺は、あの笑顔が、不思議と恋しい。あの人に、ずっとあんなふうに笑っていて欲しい――そう思う。 「……また、一緒に家に来て。結生」 「うん。もちろん」  あの人と向き合う勇気がでてきたのかといえば、うなずけない。けれど、向き合いたいという気持ちは、ほんの少し前よりもずっと強い。  本当に少しずつだけれど、光が、見えてきた……そう感じている。結生の金髪が、きらきらしていると、そう感じるようになってきた。

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