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「……送っちゃった」  「送信しました」のメッセージが、スマートフォンの画面に表示されている。俺は空を背景にその画面を眺めながら、ため息をついた。  海岸に寝転がって、メールを送った相手は、あの人。東京の海へ、あの人を呼び出すメールだ。とうとう送ってしまえば、もう後に引くことはできなくて、俺は胸にぎゅうぎゅうに詰まっている緊張を吐き出すようにして、何度も、息を吐く。  あの人にメールを送るのは、始めてかもしれない。スマートフォンは、あの人が「ないと不便でしょ」と言って高いというのに俺に与えてくれたもの。あの人はきっと連絡用にとくれたんだろうけど、俺はその用途で使ったことがほとんどなかった(他の用途でもあまりなかったけれど)。けれどようやく、俺はそのスマートフォンであの人にメールを送ったのだ。「送信」ボタンを押すのにこんなに緊張したのは始めてで、俺の手は情けなく震えている。 「怖い?」 「……高校受験の面接より怖い」 「うちの高校面接あんの?」 「……結生はエスカレーターだから知らないんだろうけど、高校からうちはいるの大変なんだぞ。あの面接官、表情筋死んでるし」 「まじ」 「まじだよ」  ふざけて言ったようなものだけど、高校受験の面接よりも怖いって、俺は相当あの人と話すことにビビっているんだと思う。だって、高校受験の面接は、たかが高校受験の面接ではあったけれど、俺にとっては「俺をいじめてきた生徒から逃げるための関門」だったわけだ。うちの高校を落ちれば、もう私立の頭のいい高校なんてお金がなくて受験できないから、俺をいじめてきた人たちの通う公立の高校に行くしかない。いわば、高校受験は俺の人生における重要な選択肢だったのだ。俺は、そんな高校受験の面接よりもあの人と会話をするのを恐れていて。つまり、俺にとってあの人と会話をすることは、俺をいじめてきた人たちから逃げることよりも人生にとって大きなきっかけになることなのだろう。 「……ま、そんなに怖がらなくたって大丈夫だよ。涙のお母さん、うちの高校のジジイたちと違って美人だから」 「それ、関係ある?」 「おおいにあるね」  スマートフォンをポケットにしまって、体を大の字に広げて空を眺める。  あの空は、青いのだという。レイリー散乱によって生まれるらしい青を、人間は美しいといって讃えている。そう言ってしまえば空の青なんて無機質でつまらないものに思えてくるけれど、俺はその青をどうしても見てみたい。世界に溢れている、ありふれた美しさを見てみたい。  となりで欠伸をしている結生を横目に見て、俺は目を閉じた。  空の青を知ったら、まず結生に教えよう。そして、俺は結生と同じ世界に生きていたい。  彼の見えている空は、俺の目に映る空と、同じなのだろうか。

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