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「メール、返ってきた?」
「ううん。たぶん、気付いていない。仕事中だろうし」
暗くなる前に、家に帰った。結生と一緒にご飯を作って、食べて、そしてお風呂にはいって。あとは朝を迎えるのみ、という段階まで来てもあの人からメールの返信はなかった。たぶん、ケータイなんて見ていないと思う。
でも、きっと彼女は海にくる。それは、なんとなくではあるけれど確信していた。だから、俺は緊張していた。朝が来るのが、怖かった。
「言いたいこと、決まった?」
「……いや」
「そっか。ゆっくり考えろよ。まだ、夜は長いから」
東京のはずれにある俺の家は、たぶん、どこよりも静かだ。車通りもない、人もほとんど住んでいない。田舎のように虫の鳴く声も聞こえない。結生と一緒に布団にもぐれば、結生の息づかいと自身の心音だけが聞こえてくる。
けれど、そんな静けさは、今の俺にとっては丁度良いかもしれない。結生の呼吸のリズムは、なによりも俺を落ち着けさせた。たとえるなら、そう、海の漣。俺の心を安らげてくれる、不思議な音。
「結生……」
「ん、」
ぎゅっと抱きついて、胸と胸をくっつけた。心臓を、合わせるように。もちろん、向かい合わせになれば心臓の位置が重なることなんてないのだけれど。けれど、肌を合わせれば鼓動は重なって、言葉にはできない心地よさを覚える。
「……鼓動の早さ、違うね」
「……そりゃあ、俺と涙は違う体だもん」
「うん……」
手のひらを重ねる。指を絡める。大きさも、太さも、何もかもが違う彼の手を感じる。
そう、俺たちは二つの個体。鼓動をひとつにすることなど、できやしない。相手の鼓動を感じることしか、できない。
「違う体だから、こういうこと、できるんだよ」
「あ……」
結生が俺の心音を吸い上げるように、キスをしてくる。二つの体。一つになる、体の一部。
「あ、あ、あ……」
舌を絡め取られ、快楽を得られるのは、俺と結生が違う体だから。本当にひとつになってしまえば、こんなことはできないだろう。どんなに心を通わせても結生の舌の動きなんて読みとることはできなくて、俺は自分の咥内で動き回る結生の舌に、魂を抜き取られていた。
一人では、こんな風に気持ちよくなれない。人間は、誰かと一緒になるようにできているのかもしれない。違う体を持ち、言ってしまえば全くの他人とこうして「ひとつ」になるように、できている。
「んっ……く、ぅ……あっ……」
俺は、それを知ったのだ。結生に、教えてもらった。
「結生っ……」
どうしても辛くて、不安で、仕方ないとき。そう、まさに今のような状況のとき。俺は、人に頼ることができるようになっていた。怖くて仕方ないとき、人の体温に慰められるようになっていた。
なんでも一人でやろうと思っていた昔よりも、弱くなったのかもしれない。けれど、俺が今立っている場所は、あのころよりもずっとずっと、彼方。
俺は、一人じゃない。俺の背を押す、何よりも強い想いが、俺のなかにはある。
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